第2話 ほの丸弁当、いっちょ!




「お〜、終わったな。お疲れ、お疲れ」


 窓口業務が開始になっても、保住の仕事は変わらない。庁内での調整ばかりに、日々時間を取られている状況だ。窓口業務でクタクタの三人だが、保住もまた、疲れ切った顔色だった。


 ぐしゃぐしゃになった書類。ネクタイも半分していないようなものだ。飲み会の帰り道のサラリーマンの風体に田口は苦笑して、保住のところに向かう。


「室長。あまりにも恰好が酷いですけど」


「そう堅いことを言うな」


 そっと腕を伸ばして、もぞもぞとネクタイを直してやる。その間、保住はじっと黙ってそのままでいた。それを見ていたのか。安齋と大堀は顔を見合わせてニヤニヤとしていた。


「おいおい、田口。仕事中だぞ」


「そうそう。見せつけてくれちゃって……」


「え? おれは、なにも」


「あのな。そういう仕草がいちいち、目に着くんだぞ。ここは家ではないのだからな」


 安齋がそう言いかけた時、威勢の良い声が響く。


「ほらよ。弁当持ってきてやったぜ」


 一同が顔を上げると、そこには大堀の父親が立っていた。


「お父さん」


 田口がそう呟くと、彼は「だから、てめえの父親じゃねえ」と悪態をつく。大堀はこんなタイプなのに、父親はまるっきり正反対なタイプだ。田口は、はったとして口元を押さえた。


「すみません——」


「別にいいけどよ。どうせ、忙しくて昼飯食ってねえんだろう?」


「ええ。その通りですね」


 保住は苦笑した。


「ま、夕飯にしてもいい時間だし。押し付けがましいが持って来てやったぜ」


「ちょ、ちょっと……父さん。職場まで来ないでよ」


 大堀は気恥ずかしそうに顔を赤くするが、父親はお構いなしだ。保住が財布を取り出す仕草を見て、それを止める。


「いいって。息子の給料から天引きしておくからよ。気にすんなって。室長さんよ」


「お父さん」


「だから!」


「あ、すみません。つい——」


 保住まで釣られて「お父さん」呼ばわり。一同は苦笑した。


「もう、いいや。おめえらの父親にでもなんてもなってやる。ともかく、腹ごしらえして、さっさと仕事しろよ」


「ありがとうございます。——ああ、そうそう。お父さん。今晩から息子さんを預かりたいのですが」


「え?」


 大堀は目を瞬かせて保住を見る。


「作戦会議をしたいんですよ。もう時間がありません」


 父親は大堀から事の次第を聞き及んでいるようで、保住の言葉を瞬時に理解したらしい。にこっと笑みを見せる。


「なるほど。いいぜ。思う存分やってこい! いいな。勝つまで帰ってくるんじゃねーぞ」


 彼はバシバシと大堀の背中を叩くと、そのまま豪快に去っていった。

 大堀の父親一人で、こうも賑やかになるとは。彼が立ち去ると、観光課のフロアが一気に静かになった。


 ここのところ、来客でいっぱいのフロアだ。関係のない他の部署の職員たちも、ほっとしているのか、背伸びをしたり、寛いだりしている姿が見られる。大堀は恐縮したように視線を伏せている様子だが、保住は気にしないのだろう。両手をパチンと鳴らして嬉しそうに弁当の袋を見下ろした。


「どれ、お弁当をいただくとするか」


「そうですね。お腹空いていないと思っていましたが、こうしてお弁当を目の前にすると、食べたいと思います」


「田口は真面目か」


 田口の感想に、大堀は思わずツッコミを入れた。そこに、なにかと顔を出す佐々川がやってきた。


「これからお昼? お疲れさん」


「課長」


「わあ、美味しそうじゃない。どこの弁当なの?」


「中町にある『ほの丸弁当』ですよ」


「おお。こういう弁当は懐かしい。市役所にいると滅多に食べられないよな」


 佐々川は興味津々で、開いてある田口のお弁当を覗き込む。中身は男性職員が好むであろうスタミナ弁当系。大堀の父親が奮発してくれているだろうということは、すぐに理解できるが……。弁当の中身を見て、顔色を悪くする保住が気の毒だ。


 ——保住さん。こういうの食べると胃もたれするもんな。年寄りみたいなところあるから。


 唐揚げ、焼肉、コロッケに、ちくわの天ぷら。保住よりも年齢が上の佐々川は「おいしそうだな」と連呼した。


「課長、食べます?」


「嫌。おまえの昼飯を取るわけには行かない。ここは配達するのか?」


 大堀は「致しますよ。今度メニューをお持ちいたしますね」と答える。それを聞いて、彼は「そうか、そうか」と嬉しそうに席に戻って行った。


「いやあ。お腹空いたし。じゃあ、遠慮なくいただきますよ。大堀くん」


「え?」


「お前の給料でつけておいてくれるって言ったもんな。お前のおごりだということだ」


「え~。なんだか安齋にはおごりたくない」


「なんだ? 世話をしてやっているというのに、随分な物言いだな」


「え? おれが世話しているんじゃない」


 言い合いをしながらもお弁当を食べ始める二人を眺めてから、田口は顔色の悪い保住を見る。


「無理なさらずに」


「そうすることにしよう」


 保住は小さく頷いてから、割りばしを取り上げた。



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