第9話 協心戮力



 一週間後に両者の対決をすると宣言した澤井だが、天沼が推進室に題目を持参してきたのは、週末明けの月曜日——対決、四日前のことであった。


「一週間の猶予があるとか言っておきながら、題目が遅れるとはどういう了見なのだ」


 保住は、伝言を預かってきた天沼に文句を言っても仕方がないと思いつつも、つい口から出てしまう。しかし、そんな苦情は想定内なのだろう。天沼は顔色一つ変えずに「何日あっても同じだ——とのことです」と言った。


 ——澤井のコメントらしい。


「先ほど、まりづくり推進室でも同様のご意見をいただきましたので、同様にお答えしてきたばかりです」


 ——ということは、条件は一緒ということだな。


「澤井副市長からです。大堀、知田の両名は金曜日の十三時に秘書課会議室に集合。揃い次第、下記テーマに沿ってのプレゼンを行うこととする。詳細は書面にて通知——以上です」


 天沼が手渡した書面には、今回のプレゼンテーションのテーマが書かれていた。


「『遺跡に関する観光プロモーション企画』か」


「はい。昨年度、出土したばかりの縄文遺跡です」


「時間は一人十五分。見せ方は自由——か。審査員はどういう基準で選定されている」


 保住の問いに天沼はまるで練習でもしてきたかの如く、天沼はすらすらと答えた。


「まずは、この企画自体に興味を持たれた安田市長。それと併せて私設秘書の槇さんです。それから澤井副市長、観光部次長木崎きざきさん、観光部観光課長佐々川さん、都市計画部都市政策課まちづくり推進室長の野原さん、教育委員会文化課長野原さん、総務部広報公聴課長井深いぶかさん、総務部人事課長久留飛くるびさん、そして保住室長です」


「久留飛優位な人選じゃないか。まちづくり野原室長、井深課長は久留飛陣営だろう?」


「そうですね。佐々川課長は推進室に肩入れをしておりますが、あちらとの関係性もまあ悪くはない——よって、佐々川課長は中立派。木崎次長もどこの派閥にも属さない人です。それになにより、安田市長は純粋にこの企画を楽しみにしておられるようです。もしかしたら、鶴の一声で勝敗が決まるのではないかと……」


 ——澤井はお見通しだ。


 正直、保住は澤井に関しては今回の件は、味方だとは思っていない。あの男は、この事業市制100周年記念事業が成功すればいいだけの話なのだ。いくら久留飛がバックにいるとはいえ、明らかに知田のほうが勝っていれば、彼を推すだろう。大堀に対して、大した思いも抱いていないに決まっている。しかも大堀は一歩間違えば、澤井と敵対関係である吉岡の秘蔵っ子なのだから——。


 ——平気で切り捨ててくる可能性もゼロではない。


 それに文化課の野原。この男は、さすがの保住にも読めない部分が大きい。感情など皆無な男だ。純粋に客観的に判定を下すに決まっている。


 審査員で優位に持ち込もうなどという甘い考えは捨てきるしかない。やはり大堀をぎっちり強化していくしか方法はないということだった。


 ——だがしかし。


「負ける気はしないがな」


 口元を上げ、笑みを見せると、天沼は「ふふ」と笑った。


「そうおっしゃられると思いました」


「大堀は優秀だ。知田になど負けない」


「ええ。おれもそう思っています」


「絶対に勝たせて見せる」


 天沼は、彼なりに大堀を心配しているのだということがわかった。いつもよりも表情は硬く、声色も低い。田口、安齋、大堀。そして天沼。研修を一緒にこなしたこの四名には、見えない絆が存在していると保住は理解している。


「室長。大堀をよろしくお願いいたします」


 天沼はそう頭を下げると、保住のすぐ後ろにいた大堀を見た。その瞳はエールを送るかの如く輝いている。大堀は小さく頷いて見せた。


 大堀は今日から出勤してきた。のろのろと気が乗らない様子だったが、そんなことはお構いなしだ。朝からひっきりなしに申請に訪れる市民が多いのだ。椅子に座っている暇などありはしない。


「さあ、取り掛かろうじゃないか。大堀」


「はい——」


 大堀は頷くと、蒼白な面持ちのまま口元を引き締めた。



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