第7話 褒めてるのか貶しているのか?



 大堀は布団に潜ったままスマホをいじっていた。梅沢市役所のホームページを開いて、市制100周年期年事業のページを開く。「説明会終了のお知らせ」と「申請開始についてのお知らせ」が掲載されている。説明会終了のページには、当日の賑わっている様子が写真で残されている。たった一度きりしか、みんなの前に立てなかったのに。使われている写真は自分だった。


 ——情けない。


 みんながこうして気を使ってくれているのだ。


「おれ……」


 ——情けない。


 涙が滲んだ。今の部署に来て、本当に幸せだった。自分の思うように、伸び伸びと仕事ができるのだ。誰からの干渉も受けることなく——だ。安齋と喧嘩をして早退したって、誰も責めなかった。


「大丈夫だ。大堀」


 艶やかな笑みで励ましてくれる保住。


「このバカ」


 悪態を吐く割に、色々と配慮して庇ってくれる安齋。


「助かるよ、大堀」


 爽やかに自分を持ち上げてくれる田口。


 ——みんないい人なんだ。


 観光課長の佐々川が、先日言ってくれた。


「大堀って、アイデアマンだね。うちの課に引き抜いちゃおうかな?」


 そんなこと言ってくれる人、そうそういない。それに——。


「うちの可愛い子だよ。大堀は」


 優しい菩薩様みたいな笑顔の吉岡。みんな、みんないい人。自分に危害を加えようとする人はいないのに——。 知田が怖い。彼を思い出すだけで膝がガクガクしてくるのだ。手も震えた。スマホを床に落とし、大堀は布団に潜り込んだ。


 ——ここなら安全だ。ここは落ち着く。いつまでもここにいたい。もう怖いところには行きたくないよ。


 膝を抱えて丸まって過ごしていると、動悸が少しずつ収まった。だがしかし——。階下が騒がしいことに気がついた。珍しいことだ。昼の営業を終えて、休憩時間に入るかという時間なのに。珍しく父親が大きな声を出しているようだった。


 ——なんなの?


 大堀はそっと布団から這い出して、襖を開けてみた。そうすると、もっとはっきりと一階の声が聞こえた。


「だから! 押しかけられたって、うちの息子はもう市役所になんてやらねえぞ」


、そこをなんとか」


「お前に『お父さん』なんて呼ばれる筋合いはねえ」


 ——田口?


 大堀は目を瞬かせて、思わず苦笑した。


 ——お父さんって。


「申し訳ありません。大堀さん」


「あんたら、しつこいんだよ。うちのさとるがどんな思いしてるか知ってんだろう? あんたたちがいじめたんじゃないんだろう? だったらいじめていた奴を連れてこいよ。ぶん殴ってやる。あんたたちじゃ、話になんねーんだよ!」


 ——父さん……。


 大堀は胸がキュンとなった。いつもは寡黙な父親が、自分を擁護してくれるのだ。心が揺れた。 きっと下に来ているのは田口だろうと認識した。あの優しい大型犬の瞳を思い出す。


 ——あの日、送ってもらったのに、礼も言っていなかったな……。


「しかし、大堀さん。暁くんは我々にとったら、なくてはならない存在なのです。どうか、彼と会わせていただけませんか? お願いいたします」


「なくてはならないって、なんだよ。それ。暁が……なんだよ、それ……」


 父親は言葉に窮しているようだった。


「暁くんは、優秀です。我々は四人でこの大事業を成し遂げると約束しました。彼が欠けることを良しとしたくはないのです」


 保住の声が聞こえた。


 ——室長? 室長も来ているの?


 大堀は身を乗り出す。物音を立てないように廊下を這って行って、階段を降りた。それから、おずおずと様子を伺った。 


 ——もう父さんって、本当に口下手なんだから。保住室長を相手にしたら、言葉では負けちゃうし。


 そこには、仁王立ちした父親と、おろおろしている母親。その目の前には保住と田口と安齋が頭を下げていた。


「なんで……安齋まで」


 ——みんなで?


 大堀は困惑していた。心がざわざわとするのだ。


「大堀は生意気だし、お調子者な奴ですけど、仕事は真面目で丁寧です。見習わなくてはいけないことも多い」


 安齋のコメントは、怒っていいのか、喜んでいいのかわからない微妙な物だ。父親もさすがに失笑した。


「おいおい。それって、褒めてんのか? 貶してんのか? どっちなんだよ」


「あ、すみません。おれ。口が悪くて」


 安齋の言葉に、なぜか和む雰囲気に、大堀は腑に落ちない気持ちになった。


 ——人の悪口言っちゃって。本当、酷いんだから! あいつ。


「ちょっと、失礼なこと言わないでよね」


 思わず、声が上がってしまう。一階で押し問答をしていた大堀の両親、そして推進室のメンバーは、はったとして大堀を見た。こう注目されると、出ていかないわけには行かない。


「大堀」


 大堀はぺこっと頭を下げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る