第4話 疑念と不安



「——ということになった」


 大堀のいない推進室は静かだった。朝から保住は澤井に呼び出しをされていて、田口と安齋は言葉を交わすことなく、今日の午後から開始される、受付業務の準備をしていたところだったのだが……。副市長室から帰ってきた保住の説明に、安齋と田口は顔を見合わせた。多分、考えていることは同じだろうと思われた。


「無理難題ですよ。室長」


 田口の感想に、安齋も腕組みをしてため息を吐く。


「大堀の奴が一週間後に知田と向き合って対決するなんて、考えられません」


「だよなあ」


 保住も両手を後頭部で組んで、椅子にもたれる。さすがにお手上げ——ということだろう。

 

 まずはともかく、大堀を戦いの場に引きずり出せるかどうかだ。保住はそこが苦手だ。大堀をどう説得するのがいいのかなんて、皆目見当もつかないのだ。


 なんとか引っ張り出せれば、作戦を伝授するのはお手の物だが。戦う気のない人間に戦う気を持たせる術を保住は持ち合わせていなかった。


「大丈夫だと言ったのに。おれは守りきれなかったな。思った以上にあちら側は焦っているらしい」


「室長のせいじゃありませんよ。あれは不可侵です。おれたちだって守れなかった」


 安齋は悔しそうにそう言う。


「おれ、知田を殴ってやろうかと思いました。だけど、田口に止められて良かったと思っています」


「済まなかった。お前の気持ちは知っている。おれも同じ気持ちだったからだ。だけど、あそこで手を出したら負けだろう」


 田口は苦々し気に顔をしかめた。三人で黙り込んでいると、そこに観光課の佐々川が顔を出した。昨日、助っ人として同行してくれていた髙橋から報告が上がったのだろう。


 と、観光課長の佐々川が顔を出した。


「昨日は災難だったな。大堀は大丈夫なの?」


「佐々川課長。昨日は本当にありがとうございました。髙橋たち三名。すごく助かりましたよ。そして、ご心配おかけします」


「いやいや。ナイーブくんっぽいもんね。彼」


「ええ、まあ」


「だけど。あの子、知田くんだっけ? いわくつきの噂を持っている子だもんね。大堀くんも餌食になっていたんじゃないの」


「いわくつき——ですか」


「保住は知らないの? 結構えげつないらしいじゃない。うちの上野が隣の部署になったことがあるから知っていたみたい。あの久留飛くるびさんの秘蔵っ子でしょう? 誰も手出せないよねえ。まあ、ああいうタイプはどの年代にもいるものだけどさあ」


 田口はため息を吐いた。


 ——とんでもない男に目をつけられたものだ。大堀……。


 まさか、大堀が推進室に配属されるなんてこと、さすがの久留飛たちでも予見していたとは思えない。ただの偶然なのだろうが……。そもそもは、大堀をこの事業に推したのは吉岡だ。


 彼は、こうなることを予見していなかったのだろうか? 

 久留飛たちに付け入られるような弱みを敢えて、ここに投入してきたということなのだろうか? 

 

 田口には理解できない。きっと、これは吉岡本人に尋ねてみないとわからないことだ。


 ——だけど。あの人の好さそうな吉岡部長が、大堀の古傷をえぐるような部署に送り込むのだろうか? 見た目に反して、吉岡部長は、そう人がいいだけではないのかも知れないな。


 そんな疑念が胸を支配すると、なんだか不安ばかりが増大していくのだった。



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