第11話 信じる心
夕方。すべての説明会が終了し、片付けを済ませた。保住は、メンバーを見渡す。
「本日は、ご苦労だった。我々の不手際があり、思った以上の負担を強いてしまったことを謝罪したい」
「本当に。疲れましたね。まさか一人抜けちゃうだなんてね」
知田は背伸びをする。安齋が眉間に皺を寄せた仕草を見て、田口はそっと彼の肩に手を添えた。
「落ち着けよ。安齋」
田口は押し殺したように、彼の耳元で声を潜めるが、安齋は知田を睨んだ切り。保住はそんな二人に一瞥をくれてから、観光課の面々にも頭を下げた。
「髙橋たちもありがとう」
体格のいい好青年風なところは、知田と似ているものの、その本質はまるっきり正反対だろう。髙橋は手を横に振った。
「いえいえ。こんなことはよくあることですよ。うちの課長、必ず『準備八割だぞ』って言って、もうすごいんですよ。準備ばっかり熱が入っちゃって。本番の頃には、疲労困憊です」
髙橋の言葉に他の二人も笑う。
「佐々川さんが? そんな体育会系なの?」
「そうですよ。あの人、几帳面でしょう?」
——確かに。だから、田口のデスクをいじって怪我をしたんだ。
「もう課長自身が本番は飽きちゃって、適当ったらないんです」
彼らは険悪なムードをあえて払拭してくれようとしているらしい。
——救われるな。
「すまないな。本当にありがとう」
「では、解散でよろしいでしょうか。あとは推進室にお任せします」
髙橋は知田を見る。知田はまだまだ言い足りなそうな顔をしていたが、解散の雰囲気に諦めて姿を消した。
保住は黙り込んでいたが、田口が口を開く。
「知田です。トイレで大堀になにか吹き込んでいました」
「だろうな」
保住は笑みを消し、知田たちが消えた方向を冷ややかに眺めていた。
「あいつ。殴っていいですか」
「安齋、やめておけ。無駄だ」
「しかし、黙ってやられっぱなしなんて、性に合いません」
「それはおれも同じだ。どうせ
「なんで、こんなこと——」
田口の問いに、保住はじっと視線を返した。
「始まりだ。これは些細なきっかけなのだ——」
「きっかけって……」
田口の問いには答えずに、保住は声色を変えた。
「大堀は?」
「無事に自宅に送り届けました。以前も同じような状態で帰宅を繰り返していたと母親が話してくれました。多分、知田と同じ部署にいたころでしょう。父親には、市役所職員は顔を出すなと言われました」
保住は申し訳なさそうに田口を見ていた。
「当然の言葉だが……済まなかったな。お前には嫌な役回りをさせた。その言葉は、本来であれば、おれが受けなければならないものだ」
「いいえ。おれでよかったんです」
「そうはいくまい。時期を図って、大堀の家に行ってくる」
「おれも行きます」
安齋が声を上げた。田口も堅く頷いた。ここにいる全員が同じ気持ちのようだ。保住はなんだか内心笑ってしまう。
あんなにバラバラだった推進室なのに、こうして大堀のために憤慨しているのだ。みなが一様に、だ——。まるで自分のことのように。
保住は微笑を浮かべた。
「ともかくだ。大堀が準備してくれた説明会は無事に終わったのだ。大堀の件は、おれに任せろ。明日から、申請希望者が窓口に殺到するぞ。大堀がいない分、二人には頑張ってもらわないと」
「もちろんです」
「任せてください」
何事もなく、物事が進むとは思っていなかったが、このような時期に仕掛けてくるとは。
——大堀には乗り越えなくてはいけないものがあるとは言え、過酷だな。
人は誰しも、乗り越えなくてはいけないものがあるものだ。だがしかし、それを敢えて乗り越えないという選択が必要な場合もあるのだ。自分の心や躰が壊れてしまうならば、無理なことをするべきではないということ。逃げると言う選択肢は、時に自分を守る有益な手段の一つでもある。
だがしかし。
——大堀にはそれを乗り越えられる力があると、おれは信じているのだが。
それは無茶なことなのだろうか?
保住は暗闇に包まれている空を見上げた。
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