第16章 乗り越えたい
第1話 推進室の失態
朝からすっきりしない天気だった。雪が降っている。朝だというのに、薄暗い室内を蛍光灯の光が照らしていた。こうも暗いと、時間の錯誤を起こしそうだった。そんな他愛もないことを考えながら、天沼が資料をそろえていると、乱暴にドアが開いて、
「なんだ。こんな朝から」
この部屋の主である副市長の澤井は、不機嫌そうに視線を上げた。澤井は、朝が悪い。ともかく、朝一は機嫌が悪い日が圧倒的に多い。だから、天沼は、朝は黙っていることにしている。余計なことを言うと、更に機嫌を損ねるからだ。
「これは由々しき事態ですぞ! 副市長!」
「だからなんだと聞いている。もったいぶるな」
「おや? 直属の上司なのに、報告がまだ上がってこないとは。それもまた、問題ですなあ」
——何事も勝敗を決めるのは、持てる情報量の違い。
この場は、久留飛のほうが優位に立っていることは明白だ。天沼は脳内のメモリをスキャンする。澤井が管轄で収めている案件は、そう多くはない。その中で、昨日中に問題を起こした案件はなかった。
——昨日、大きな動きをしていたのは、推進室のみ。まさか?
胸がドキドキと高鳴った。そして、同時になぜ澤井より先に久留飛がその情報を手に入れたのか、疑問に思った。だが、天沼の読みは的中した。
「昨日の市制100周年記念事業推進室職員の失態です」
「失態だと? 説明会は終了したはずだが」
——昨日は、帰庁が遅かったのだろうか。そう言えば、珍しく保住室長が報告に現れなかった。
久留飛は澤井が知らないことをいいことに、声を張り上げて言った。
「大堀という職員。説明会の主たる担当者でありながら、途中から逃げ出したという話ではないですか」
——大堀が?
天沼は目を瞬かせた。そんなはずはないと思ったからだ。大堀は吉岡にかわいがられ、仕事には真摯なタイプだ。天沼は信じられないと目を瞬かせた。
「結局は、保住がすべてを一人でこなしたとか。大堀のせいで、田口という職員も途中、一時間程度、席を外したと聞きます。結局は、手伝いである観光課、まちづくり推進室職員の負担が増大したと、苦情が出ましたぞ。メイン担当部署の職員が、一時的とは言え、二名も抜けるだなんて。室長である保住の管理体制に問題があるのではないのですか? これは前途多難ですよ。こんな調子で、本当にメイン・イヤーを乗り切れるのでしょうか」
澤井はじっと久留飛を見据えていた。
「久留飛。お前は、騒ぎ立てて、なにを望む?」
「それは勿論——このメンバーに全てを任せることに反対であるということですよ」
「人員を再考しろということだな」
「その通りです。ちょうど人事の時期でもある。特に大堀だ。こんな脆弱な職員はふさわしくない。他の職員とチェンジするというのはどうでしょうか」
澤井は眉一つ動かさずにじっとしていた。彼の心の内を天沼はくみ取ることはできない。しかし、大堀を外すという意見に、到底賛同はできなかった。
いつもは素知らぬフリをして、澤井のところにやってくる管理職たちの話を聞くことができているのに、今回ばかりは、思わず苛立った気持ちを押し隠すのに必死だ。少しでも気を許すと、顔に出てしまうと思ったのだ。
「いかがでしょう? とびきり優秀な男をご用意できますヨ」
久留飛はじっと澤井を見据えていた。澤井はその視線を受けながら、「保住を呼べ」と天沼に指示を出した。天沼は慌てて受話器を取り上げた。
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