第7話 久留飛の策略
四十分後。打ち合わせは終了した。事業が控えていると言って、観光課の三名は頭を下げて出て行った。それに釣られるように、大堀も——。彼の顔色は蒼白で、まるで死人のような色だった。
田口は安齋を見つめる。さすがの安齋も困惑した表情を見せていた。
逃げるように立ち去った大堀の気持ちはよくわかる。上手くいかなかったのだ。説明はたどたどしいし、質問にもうまく答えられなかった。結局は、保住は代わりに答える場面が多々あった。
——あんなに準備してきたというのに。きっと大堀は自分が嫌になったんじゃないだろうか。
軽い感じの男だが、責任感がないわけではない。上手くできなかったなんて、大堀のプライドも許さなかったのではないかと思われた。
しかし田口は知っている。大堀はそんなものではないということを。やはり知田の登場は大堀を同様させるのには十分な効果だった。
田口と安齋で、会議室の片付けをしていると、残っていた知田が保住の元にやってきた。
「保住室長。大堀は一体どうしたんでしょうね。あんな調子じゃ、大丈夫なんでしょうか。今日の説明では、なんだかよくわかりませんねえ」
ボールペンをくるくると回していた保住は険しい表情をしていたが、ふと知田を見上げた。
「不安にさせてことは申し訳ない。明日はよろしく頼みます」
彼は席を立つ。この場はお開きだということだ。知田の話は受け付けないという意思表示に、彼は渋々会議室から出て行った。
田口は保住を見ていた。安齋もだ。推進室メンバーだけになった会議室。保住は「厳しいな」と言った。
「あの男に対して、大堀は最初からシャットダウンだ。あの男を目の前にして、明日の説明会には不安が大きい」
「室長は知田を知っているんですか?」
「先日な。大堀と売店に行った時に偶然出くわしたのだ。あの時も、固まってしまって、一言も口を利けないほどだった」
「そんなに——」
田口と安齋は顔を見合わせた。
「高梨から、まちづくり推進室に応援依頼を快諾してもらったと聞いた時に、嫌な予感はしていたのだ。あそこの室長である野原
「野原? 野原って。野原課長とは関係ないんでしょうか」
田口は教育委員会文化課長の野原
「野原朔太郎は野原雪の血縁らしい。おれはよくはわからないが従兄弟だと澤井が言っていた」
「そうなんですか。従兄弟で市役所、ですか」
「そう不思議ではあるまい。我が家みたいに父子で市役所もいる」
あの無感情のAIロボである野原の従兄弟というと、同種なイメージがある。その野原朔太郎という男が、久留飛に加担するなど、なんとなくイメージが湧かない。田口は首を傾げた。
「久留飛の嫌がらせだろうな。わざわざ知田をぶつけてくるなんて。きっと明日の説明会を失敗させたいのだろう」
そう考えると、もしかしたら、これは久留飛が念入りに仕込んできたことなのかも知れないと思った。人事課長である彼にとったら、配置などいくらでもなるものだ。いつか、知田を大堀にぶつける。その綻びから、失敗を誘発しようという魂胆だったのではないかと思うと、なんだか底知れぬ悪に戦慄した。
「安齋は大堀のことを心配して、付き添っていたのだろう?」
保住の問いに安齋は頷いた。
「あいつは
「お前、優しいんだな」
保住の言葉に、彼は珍しく顔を赤くした。
「な、からかわないでください」
「からかっていないだろう? 褒めているのだが」
「褒められるのには慣れておりません!」
「じゃあ、
「それも好きではありません」
「我儘だな」
保住は笑みを見せる。緊張していた空気が緩んだ。しかし、そう冗談ばかりも言ってはいられない状況だ。
「室長。明日はどうされるおつもりですか」
田口の問いに、保住は首を横に振った。
「これはあいつの仕事だ。代行は認めない」
「しかし」
田口と安齋は顔を見合わせた。
——このメンバーだけであんなにも顔色が悪いのに、明日は一体、何人集まると思っているんだ?
田口は必死に反対した。
「あんな調子では大堀が可哀そうですよ。無理にやらせるというのですか。みんなの前でなにかがあったら——」
「田口。お前はなにもわかっていない。大堀にはそのままやらせる。責任はおれがとる」
「責任とかの問題ではなくて……」
「そうですよ」
珍しく安齋も口を挟んだ。しかし、保住は頑として聞き入れる様子はない。
「この話は終わりだ。明日、二人は全力で大堀のサポートをしてやれ。以上だ」
こうなると、なにを言っても取り合わないのが保住だ。田口はため息を吐いた。明日が不安だ。大堀はどうなってしまうのだろうか——?
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