第6話 羨望の眼差し
「忙しいところ、時間を割いてもらってすまなかった。市制100周年記念事業推進室長の保住だ。この事業は市役所を上げての祭りだ。我々だけでは力不足なことも多い。こうして助力してくれるという職員がいること、感謝の念しかない」
ぴりぴりとしていた雰囲気が、一気に緩んだ。保住の声色は優し気だ。彼の会議を運営する能力はずば抜けて高い。その場の雰囲気を読んで声色を使い分ける。事情を知らない観光課の髙橋たちはにこにことして保住を見ていた。
向かい側に座っているまちづくり推進室の面々も同様だ。
「知田。大堀になにか言いたいことがあるか?」
保住は知田に声をかけた。
「いいえ。大堀がここまで頑張ってきたことを思うと胸が熱くなってしまいました。すみません。保住室長のお話を聞いていないわけではないのです。どうぞおれの気持ちを察していただけませんか」
わざとらしい言い回しだ。しらじらしいと田口は思った。しかし、保住は飄々と切り返した。
「君には、うちの大堀が大変世話になったそうだな」
「世話だなんて。まあ、かなり手のかかるヤツでしたけどね」
大堀はじっとしたを向いていた。しかし、保住は「それはおかしいな」と言った。
「大堀はかなり優秀だとおれは思っている。今現在は、まったく手もかからないものだが……。ああ、なるほど。お前が指導したその賜物なのだろうな」
保住のそれはかなり嫌味だ。知田は口ごもって、黙り込んだ。
「すまないな。気を悪くしないでくれ。おれはこんな物言いだ。手伝いだからと言って遠慮はしない。それが事業の成功の鍵だと思っている。明日一日は、観光課もまちづくり推進室のメンバーはうちの職員だと思って対応させてもらう。気を悪くすることがあったなら、正直に言ってくれたほうがいい。おれは自分でも好きなことを言うが、人から言われても気にしない質なのだ。いや、むしろ言ってもらわないと、気が付かないと思うぞ。それくらい鈍感だ。こんな責任者だが、どうか明日はよろしく頼みたい」
晴れ晴れと言い切った保住に、知田は黙り込むばかりだ。しかし、他の職員たちは羨望の眼差しで保住を見つめていた。
——わかる。その気持ち。自分もああなりたいって思うんだ。
田口は内心ほくそ笑んだ。しかし、心配なのは大堀だ。保住は大堀を見据えた。
「大堀。体調でも悪いか」
「いいえ。大丈夫です」
「では、この事業のメイン担当の大堀から明日の説明をすることにしよう。最後に質疑の時間を設けるので、まずは聞いてもらおうか」
保住の声に、大堀はごそごそと書類を取り出した。その手は震えている。田口は心配で心配でたまらなくなった。
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