第5話 不穏な打ち合わせ
説明会の前日。協力メンバーとの打ち合わせが行われた。場所は観光課管轄の小さい会議室だった。お手伝いメンバーは、観光課から三名。都市政策課まちづくり推進室から三名派遣されるということだった。よって、本日の打ち合わせは推進室の四名と併せて行われる。
観光課は推進室と同じエリアにあるため、手伝ってくれる顔ぶれは、名前こそ知らなくても、みな見知った職員だった。そのため、そう緊張をするような場面でもないのだが——。
田口は大堀を見て心配になった。朝から緊張感が尋常ではなかったからだ。ピリピリとしていて、いつもの笑顔や冗談が見受けられないのだ。『大堀にもこんな一面があるのだな』と思いつつ、スムーズに打ち合わせができるようにサポートしていかなくてはいけないと思っていた。
だがしかし——。根拠はないが、言い知れぬ不安が湧いてきて、消え去らない。こんなことは初めてだった。
前職でもさまざまな事業をこなしてきたはずだ。なのに——。
——なんだ? この胸騒ぎは。
保住もいる。安齋もいる。みんないるはずなのに。この不安がどこから来るのか、田口は理解ができずに、戸惑った調子で時間を過ごしていた。
先に会議室に入り、資料を準備している大堀を見つめながら、田口はそんなことを思っていた。すると、観光課の三名が顔を出した。
「お疲れ様です。打ち合わせに参りました。髙橋、今井、上野です」
「悪いね。助かる」
保住の言葉に三人は恐縮する様子で頭を下げた。
「いえ。佐々川課長から、お互い様だから、しっかりやってくるようにと言われております。なんでも言いつけてください。市役所職員として、この事業に関われるなんて、本当に嬉しい限りです」
先頭で挨拶を交わす高橋は、頬が上気していた。本当に嬉しいという気持ちが滲み出ているようだった。
——この事業はそれだけ、羨望の的なのだな。
当事者である田口には理解できていなかったが、三人の様子を見ていると、そのことが手に取るようにわかった。それに。三人は特に保住に一目置いているようだった。それは致し方ないことだろう。自分は近くにいすぎて忘れているが、若手の中では抜きんでて昇進している男だ。憧れをもつ職員も多いに違いないのだ。
観光課長の佐々川は本当に協力的だ。こうして、出してよこす人材も、部署で余されているような人間ではないらしい。きびきびとして、自らも動いてくれそうな若手だった。
大堀は慌てている様子で、追加の資料を手渡そうと腰を上げるが、書類が床に散らばった。田口は、はったとしてそれを拾い上げた。
「大丈夫だ。大堀」
「え?」
「緊張しているのだろう?」
田口の小さい問いに、彼は頷いた。
「今までこんなに大きな事業を任されたことないんだもん。さすがに緊張しているみたいだ」
「いつもの調子でやればいいだろう。お前は図々しんだから」
二人の会話を聞いていたのか。安齋が口を挟んできた。
「——本当に失礼なんだから。安齋のほうが神経図太いもんね」
「そうか? お前のほうがよっぽどだろう?」
大堀はぶうと頬を膨らませるが、彼なりの励ましであるということは明らかだ。田口も「大丈夫」と声をかけた。
「おれたちもいる。いつも通りやろう」
安齋と田口の言葉に、大堀は「うん」と笑みを見せた。しかし。
大堀の笑顔は凍り付いた。
「いやあ。遅くなってすみませんね。今日の打ち合わせはここでしょうか?」
扉が開いて、顔を出したのは町づくり推進室のメンバーだ。田口は挨拶をしようとして、はったとした。安齋も然り——。なにせそこにいたのは。
「なんだ大堀じゃん。そんな怖い顔しないでよ。可愛い後輩のピンチだもの。他の仕事を投げ打って駆けつけたんだぞ」
筋肉質で小麦色の肌を見せつけるような男は——確か、大堀の先輩だった男だ。そう。大堀を虐めて、どん底に突き落とした張本人だったのだ。
田口は嫌な予感が的中したとばかりに背筋に汗をかいた。
「なんだよ~。挨拶もなしなわけ?」
男はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべてから、「まちづくり推進室主任の
一瞬、持ち直したかと思われた大堀のオーラは一気に暗黒の気配だ。
——まずいな。
田口は保住を見つめる。彼は田口の言いたいことを理解しているようだ。二人は目配せをしたが、全員が揃ったということで、保住が口を開いた。
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