第4話 クリスマスプレゼント
クリスマスイブの夜。推進室のメンバーは何事も変わることなく、残業をこなした。
大堀と安齋が帰り、田口と保住も帰り支度をして外に出ると、雪がまた、ちらちらと降ってきていた。
「雪か」
本来ならば、漆黒の空であるはずのそれは、雪の灯りで仄かに明るい。街灯の光に反射して、余計に雪が明るく輝いて見えるのだ。
「寒いわけですね」
「銀太は雪割出身だ。寒さに強いだろう?」
「雪割の寒さとはくらべものになりません。梅沢のほうが冷えますよ。雪が積もっていると、あったかいんです」
「そういうものだろうか」
首を傾げている保住に手を差し出す。
「どうぞ」
保住はきょとんとしていたが、すぐにその手を握り返した。
「早く帰りましょう。保住さんは風邪をひきやすいから」
保住の冷えている手を温めるかのように、指を絡ませてぎゅっと握る。保住は気恥ずかしそうに田口を見上げた。
二人は駐車場まで連れ立って歩く。途中。ふと保住の手の力が強くなる。田口は首を傾げてから視線を落とした。
「保住さん?」
「銀太。あの——」
彼は口ごもりながら、視線を逸らした。
「どうしたんです?」
「いや。あの。銀太……」
いつもは歯切れのいい彼が口ごもる時は、恥ずかしい時か、自信がない時か。それとも——?
田口はなんだか不安な気持ちになった。そのうち、するりと保住の手が離れた。なんだか彼がどこかに行ってしまいそうな気がして動悸がする。
しかし、田口の不安とは裏腹に、保住は頬を赤くしてポケットをごそごそとしてから、田口の手になにかを握らせた。
「なんです?」
自分の手を広げて視線を落とすと、そこには金色の細いリング。それには、細い真紅のリボンがちょうちょ結びになって丸裸のままだった。
「これは——」
「こ、こんな恥ずかしいこと! 金輪際ないぞ! もう絶対に買わないからな。なくすなよ! 死ぬまでしていろ」
今年の三月。保住の誕生日にリングを送った。ところが、そんなプレゼントは生まれて初めてだったおかげで、ペアリングを買うという頭がなかったのだ。
あの時、「お前の分はおれが買ってやる」と言っていた保住だったが。まさか、本当に彼が——?
保住は田口から躰を背けている。しかし、耳まで真っ赤になっていることは、容易に理解できた。
「誕生日の祝いもしてやれなかった。クリスマスなんてイベントも今までしたことがなかっただろう。たまにはいいかと思ったのだ。別におれは……」
田口はそっと保住を後ろから抱きしめた。箱に入ってるわけでもなく。リボンで簡単にちょうちょ結びがされているだけのプレゼント。こんな雑な贈り物は、生まれて初めてかもしれない。なのに。こんなに嬉しいものはなかった。
「好きです」
「な、あのな。銀太」
「保住さんが好きです」
「——銀太」
「こんなに嬉しいプレゼントは生まれて初めてだ」
「サイズが合うか。心配だ」
「まさか、適当に買ったわけではないんでしょう?」
「……」
返答がない。
——本気だろうな。
田口は余計に笑ってしまった。保住の肩を引き寄せてそっと引き寄せた。もう誰も通らない路地裏には、雪だけが降りしきる。シンシンと。音のない静かな世界だった。
少し背伸びをする保住と、屈みこむ田口。二人はそっと唇を寄せあった。
「保住さんらしくて笑えます」
「仕方ないだろう」
「では、はめてみましょうか」
田口は笑みを見せてから、真紅のリボンのついた金のリングを左手の薬指にはめてみる。保住はかたずを飲んで見守っていた。その目の真剣なこと。田口はそちらのほうが面白くなってしまった。
「おや。どうでしょうか。ピッタリのようですよ」
「み、見せてみろ!」
田口が気遣っているのではないかと疑っているのだろうか。保住は慌てて彼の指を取った。指輪はぴったりとそこに収まっていた。
——こんな博打みたいなプレゼントは保住さんしかできないよな。
彼は「おおおお」と目を輝かせて感激していた。
「なんと。奇跡! 我ながら驚いたぞ」
「いつもおれの指、撫でてくれるじゃないですか。無意識ってやつはすごいですね」
「そんなに触れているつもりはないが」
「いいんですよ。たくさん触ってください」
保住は「そうか。なら触ろう」と顔を赤らめて言った。
田口が手を差し出すと、保住は、そっとそれに自分の手を添えた。
「帰りましょう」
「そうだな。クリスマスだが、なにも食べるものはないな」
「買って帰りましょうか。コンビニでいいのでは」
「コンビニ?」
「コンビニをバカにしてはいけません。今時はクリスマス商品はなんでも揃いますよ。チキン、ケーキ、海苔巻きも寿司も! あ、冷凍フルーツもあるんです」
「なんと。便利な世の中になったものだな。しかし、お前のそのクリスマスメニューのチョイスはなんだ。田口家のクリスマスか?」
「そういう保住家はどうなんですか」
「我が家はすき焼きだったな」
「それって豪華ですね。大晦日ですよ。すき焼き」
二人は意外な事実をお互いに耳にし、なんだか笑ってしまった。
「おれたちの育ってきた環境は全く違っているが……」
「これからの道は一緒に歩んでいきたい」
「——そうだな」
「年越しはまた、保住家にお邪魔してもよいのでしょうか」
「そうだな。当然、そうするものだと思っていた」
「嬉しいです」
二人で過ごす時間。仕事以外の話は、他愛もないことばかりだ。
だがしかし、こうして二人でいられる幸せがある。駐車場に到着し、田口は運転席に乗り込んでから、隣に座る保住の横顔を見つめた。
ハンドルに添えた自分の左手薬指に光るリングが嬉しい。田口銀太にとって、保住との毎日は、いつでも新鮮などきどきわくわくの日々なのだった。
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