第3話 男子会



 今年は雪が多いようだ。昔ながらの石油ストーブを囲んで、大堀はがちがちと歯を鳴らした。


「寒い~……」


「大堀は筋肉がないから。寒いのだろう? 室長と一緒だな」


 田口の言葉に、彼はきっと鋭く睨んできた。


「悪かったね。運動筋肉馬鹿とは違うんですよ」


「運動筋肉馬鹿って」


「それよりも痛みはどうなんだ?」


 じっとしていた安齋が大堀と田口の会話に割って入った。今は昼の休憩時間だ。保住は午前中の課長会議が長引いているのだろう。帰ってくる気配はなかった。


「随分いいな。変な格好になると痛むが。普通に生活している分には問題ない」


「変な格好って」


「室長とのセックスか?」


「お、お前な」


 二人の視線に顔が熱くなる。


「休憩時間とは言え、仕事中だ」


 咳払いをした田口を、二人はニヤニヤと口元を緩めて見ている。


「そう言えば。あの松岡ってやつ。入院したっきりみたいだね。市役所首になっただけでなく、社会からもリタイアだなんて、最悪の人生の選択だよねえ」


「そうか」


 田口は黙り込んだ。自分の存在が、彼を追い詰めた。自分の責任を感じずにはいられないのだ。だがしかし、安齋は眉間にしわを寄せてから田口を見た。


「自分のせいだなんて思うなよ。ああいう奴は、人生のすべてを人のせいにして生きているものだ。今回はたまたまお前がターゲットになっただけだろう。お前がいなかったとしても、また別な人間に。その繰り返しだ。結局、結末は同じことだろう」


 安齋は田口を慰めているのだと思った。田口は「ありがとう。そう思うことにするよ」と笑みを見せる。と、大堀も「ふふ」と笑った。


「安齋と田口って、いいコンビだよね。親友になれそうじゃない」


「親友なんて、社会人にはいらないな」


 安齋はそうは言うものの、まんざらでもないらしい。田口は苦笑した。


「それよりも、そろそろクリスマスだよねえ。ねえねえ。室長ってイベントの時はどうするの?」


「あの人がイベントごとに気をかけると思うか?」


「それは、ねえ?」


 大堀は安齋を見る。


「田口はいいわけ? クリスマスとか」


「おれは。——おれもそういうものを気にかけるようなタイプじゃないしな。別にいいのかも。毎年、どうせ仕事で終わりだな。そういう大堀はどうなんだ」


「おれ? おれだって。こう見えてシングルですからね。友達と一緒って年でもないじゃん。みんな結婚しちゃってるしねえ。家でテレビでも見て終わっちゃうかもね」


「さみしいもんだな」


 安齋のコメントに大堀は怒り出す。


「っつかさ。安齋がそういうイベントごとに気を遣うとは思えないんですけど!」


「そうだな。——おれは放置中だからな」


「なあに。その放置中って」


「お前に説明しても仕方がないからな」


 しがない中年男の領域に足を踏み入れている三人だ。クリスマスなどというイベントは、関係ないということなのだろう。


 お互いに気の毒そうな顔をして顔を見合わせていると、保住が戻ってきた。会議で疲弊しているのだろう。ネクタイはよれよれ。頭はもしゃもしゃ。いつもの恰好だ。


「お疲れ様です。随分とかかりましたね」


「高梨を黙らせてほしいものだ。あの男。どうか異動になってくれ」


 彼はそう言いかけてから、ふと三人の様子を見つめる。


「なんだ。まだ昼飯食べていないのか」


「室長を待っていたんです」


 ——嘘ばっかり。


 だが大堀のこの悪知恵には脱帽だ。こうして話をして休憩時間を過ごしていたというのに、これから昼食休憩を取ろうという魂胆だ。保住は、そんな大堀の腹の内などお見通しであるはずなのに、笑みを見せた。


「そうか。おれを待っていてくれたなんて、嬉しいことを言う。会議が長引くなどできの悪い上司だが。慕ってくれる部下がいるということは幸せなことだ。どれ、食堂しかないがご馳走でもしようか」


「え、いいんですか」


「勿論だ」


 大堀は嬉しそうに両手を打ち鳴らして、安齋の腕を引っ張りながら廊下に飛び出した。


「行きましょう! ほら。食堂終わっちゃう!」


「お、おい」


 そんな二人を見送ってから、田口は保住を見下ろした。


「お疲れ様でした」


「ああ。お前もな」


 艶やかな彼の笑みに、じんわりとしか気持ちになった。


「なにを食べましょうか」


「日替わり定食は売り切れている時間だろう。うどんでいいな」


「また。ちゃんと食べないといけませんからね」


「田口は母親のように口うるさいな」


 田口は保住と連れ立って大堀たちを追いかけた。


「早くいきましょーよー」


 遠くで手を振っている大堀を見て、推進室のメンバーは食堂に向かった。




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