第17話 選挙選の行方



「いつになったら終わると言うのだ……。こんな仕事。星音堂せいおんどうの頃にはなかったぞ」


 延々と続きそうな開票作業に安齋は顔色を悪くした。その隣で黙々と作業をこなす大堀は、平気らしい。手を休めることなく、作業を続けていた。


「文句ばっかり言っていると間違うよ。ちゃんと集中してやりなよ。安齋」


「お前は単純作業向きだな。どうせ当選確実になっているんだ。もういいだろう?」


「そういう問題じゃないの」


「それにしても……」


 安齋は周囲を見渡す。


「こういう単純作業になると、まるっきり使い物にならないのだな。室長は」


 安齋のコメントに同意という意味なのだろうか。大堀は「くく」っと笑みを漏らした。

 市長選の開票作業には、職員が大勢駆り出される。基本的には平職員だ。管理職が休日出勤をすることを人事が嫌うからだ。だから各部署から、下っ端の職員が選ばれるのだが。


『おれたちが参加すると人事が嫌がるからな。お前たち、頼んだぞ』


 もっともらしい言い分であるが、「こんな作業していられるか」という気持ちが滲み出ている。


「あの人にやらせるのが間違っているでしょう?」


「新人の頃はやっていたんだろうか」


「さあねぇ。あの人のことだから、なにかにかこつけて、逃げてたんじゃいかな? ……っつーかさ! もう早く田口に戻ってきて欲しいね。水曜日には来るって言っていたけど。戻っても松葉杖なんだろうしね。大丈夫かな」


「どうだかな。まあ、いないよりはましだろう。躰を使う仕事じゃないしな。松葉杖なんて問題ない」


「足はでしょう? 左手はどうなんだろう。パソコンも片手では大変だよね」


「確かにな。——だが、根性がある男だ。なんとかするだろう?」


 大堀は思わず吹き出した。


「なんだよ?」


「いやいや。安齋ってさ。なんだかんだ言って田口が好きだよねえ。おれが否定的なこと言うとかばうもの」


 指摘をされて、安齋は少し言葉に詰まるが、諦めてため息を吐いた。


「いや。そうだな。そうかも知れん。おれはあの男が、嫌いではない。むしろ好感を持っているんだろうな。ああいう男は珍しい」


 素直に認めると、大堀も笑みを浮かべた。


「田口はいい奴だよ。早く帰ってきて欲しいね。保住室長も元気ないしね。やっぱりおれたちは四人で一つ。推進室は四人じゃないとね」 


「そうだな」


 ふと気が付くと目の前の投票用紙はなくなり、茶色のテーブルが視界に見えた。それと同時に、場内にアナウンスが鳴った。


『お疲れ様でした。開票作業が終了です。各テーブルの用紙をこちらにおいてください——』


「終わったな」


「頑張ったね。お疲れ。安齋」


 大堀に労われるようなものでもないが、安齋は素直に「お前もな」と返した。



***



『梅沢市長に安田氏再選。梅沢市長に安田氏当選確定です。ニュース速報です』


 眺めていたテレビから視線を外し、向かい側にいる野原を見る。彼もまた、珍しくテレビを眺めていた。


「よかったですね。野原課長」


 ——なにが? とか言われそうだな。


 しかし、彼はそっと視線を寄越してから微笑を浮かべた。


「うん」


 自分は関係ないと言っていた割には、やはり槇が市役所に残ることが、彼にとって嬉しいことであると認識できた。


「退院ですね。おめでとうございます」


「お前もすぐに退院だろう」


「ええ。すぐに追いかけますよ」


「そうだな。休んでいた分、仕事溜まっているだろう」


 田口は保住から聞いている野原の状況を思い出す。


「仕事、大丈夫ですか。戻れますか」


「なんとかなるんじゃない。時間が経てば治るのかな」


「どうなのでしょうか? 仕事で支障が出ないといいのですが」


「係長たちには話をしておくって。実篤さねあつが。人と触れ合う仕事でもない。なんとかなるんじゃない」


「いつもは細かいことを気にするのに、そういうところはアバウトですね」


「そうかな。考えても仕方がないこと。しばらくはここの心療内科受診するようにって。先生と相談しながらやっていくしかない」


「そうですね……」


 もう少し早く気が付いていれば、そんな思いをさせずに済んだのだろうか。田口は自分を責めた。この怪我のおかげで、ということもあるが、この怪我がなければ、もっと早急に動けていたのだ。自分は情けないと思った。


「田口」


 はったとして顔を上げると、野原が真面目な顔でこちらを見据えていた。


「お前がいてくれて、助かった。ありがとう」


「——課長」


「お前も躰、大事にしろ」


「——はい」


 二人は暗くなった外に視線を向けた。もう季節は冬である。



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