第5話 東京土産



 出張命を持参してきた天沼は神妙な顔で「明日はおれも同行します」と言った。


「三人で行くということか」


「そうです。今回は初めてですので、ご挨拶だけです。向こうでの滞在時間は正味二時間程度になります」


「強引な出張だな」


「先方との調整に手間取りました」


「そんなに急ぐ案件だろうか」


 天沼にそんなことを尋ねても仕方がないとは思いつつも、保住は尋ねずにはいられなかった。しかし予想に反して天沼はそれに答えた。


「急いでおられるようです。申し訳ありません」


「お前が謝罪する内容ではあるまい。お前はあくまで伝令役だ」


 天沼は視線を伏せた。


「お前はよくやっている。——どうだ。仕事は」


 保住の問いに、彼は少々嬉しそうに笑みを浮かべた。


「楽しいです。いろいろな世界が広がります。澤井副市長も配慮してくれますし。やりがいがあります」


 彼の答えは予想外でもあり、予想通りでもある。保住は苦笑した。


「本当に。すまなかったな。お前をにえのようにしてしまった。秘書課の金成かなり課長も、お前には頭が上がらないだろう」


「そんなことはありません。感謝しております。多分、おれではこの推進室は難しかったと思います」


「そんなことはないのだ。だが——」


「いいえ。室長。自分のことは自分がよく理解しております」


 天沼は頭を下げて帰っていった。それを見送りながら保住は呟いた。


「雰囲気が変わったのは仕事のせいばかりとは言えない気がするな」


 彼が立ち去ったのを確認して、その様子を伺っていた他の職員たちは嬉しそうに声を上げた。


「土曜日なのに出張ですか? いいですね。戸沢市とざわしって東京経由でしょう? 室長」


 大堀は嬉しそうに保住の隣に走っていく。


「室長~。お土産。東京土産、お願いしたいのあるんですけど」


「なんだ大堀は。遊びに行くのではないぞ」


「そうだぞ。室長が流行りものの土産を知っているわけないだろう?」


 安斎の言葉に「失敬だな」と言い返す。


「おれだって一応。東京暮らしをしていたのだ。東京など隅々まで知っているぞ」


 ——というのは言い過ぎだ。結局は大学と下宿の行き来だったな。


 そんなことを考えていると、ふと田口の視線にぶつかった。彼は不安気な瞳で保住を見ている。「澤井との出張」というキーワードに引っかかっているということは、手に取るように理解できた。


 ——仕方ないだろう! 仕事だ。


 とは言いつつも、田口のその瞳を見つけてしまうと、なんとも言えない気持ちになった。


「戸沢市とのイベントの話を進めるんですね」


「そういうことだな」


 安斎は心なしか嬉しそうな顔つきだ。本質は野獣みないな男だが、仕事に関しては真面目に取り組んでいる。根っからの仕事好きというところだろうか。


「市長選前に既成事実作りだろう。市長の交代の可能性が高まっているからな。澤井としては、動かせないところまでもっていきたいに違いない。先方に話をしてしまったものは、規模の縮小はあったとしても中止することは叶わないだろう」


 保住は天沼から手渡された日程表を眺めながら自分の席に腰を下ろした。


「室長。とりあえず、買ってきて欲しいお土産をリストアップしておくんで。どうかお願いしますよ。ネット通販していないものもあって——」


 大堀はにこにことしている。先日、知田ちだの件で話をしてからというもの、少しすっきりとしたのだろうか。吹っ切れてくれるのはいいことだと思っていた。


「致し方あるまい。ただし澤井と一緒だ。時間の余裕があるとは思えん。全て購入できるかどうか保障はできないぞ」


「いいんです。いいんです。それでいいんです」


 大堀は嬉しそうにメモ紙を差し出してきた。それを受け取ってから田口に視線をやるが、彼は目も合わせない。おもしろくないという意思表示に違いないが、他の職員たちはそれに気が付くわけもない。


「しかし、せっかく行くなら日帰りは嫌ですね」


「実際にイベント開催となったら、泊まり込みだろうな」


「ホテルって選べないんですか? ねえねえ。おれ一回でいいからコルヌイエホテルに泊まってみたいな~」


「あの一流ホテルか。お前さ。仕事だろ? そんな高級ホテルに泊まれるかよ」


「市長クラスだったらいいじゃないですか。安田市長はそこに宿泊させて……」


 ——安田が残留できればの話だがな。


 大堀と安齋の話はさておき、不機嫌な田口をどう扱うのか。保住はそちらに思考が向いて仕事どころではなかった。

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