第15話 銀太、お嫁さんになります。
子供たちとゲームをしていると、田口の緊張感のある声が響いた。保住は、はったとして顔を上げる。すると田口が神妙な顔をして、保住の元にやってきたかと思うと、腕を引っ張られた。
「銀太」
田口は無言だ。困惑している保住は、田口に引き連れられて、彼の両親の目の前に並んで座らされた。
「父さん、母さん。ちょっといい? 金兄も。真樹姉も」
「なんだよ」
「なに事だ」
田口家一同は興味津々で集まって来た。大人が集まると、子供も必然的に集まってくるものだ。
「おい。銀太。一体なにが始まるんだよ」
田口はみんなの目の前で正座をした。
「こんな時になんだとは思うんだけど。ちゃんとしておこうって。今、決めた」
「今、決めた?」
「なんだそりゃ」
「銀太。やめろ。無理に言う必要はない——」
保住は予感がした。田口がなにを言わんとしているのか理解できたからだ。自分は職場では堂々とカミングアウトをしたというのに。なぜか田口を止めようとしてしまう。しかし田口は止める気はないようだ。保住を腕で抑えると、毅然とした態度で言い放った。
「おれね。保住さんが好きなんだ。今、保住さんと一緒に住んでいて——だから、女性とは結婚はしない。するなら保住さんとって決めてっから」
止めにかかろうとする保住の口を押さえて抱え込まれたまま保住は「終わった」と思った。
「もごもご(銀太)っ!」
田口家の一同は、ポカンとしていた。この静寂は堪らないほど切ない。田口は言ってしまったくせに、どうしたらいいのかわからないのだろう。黙り込んで父親をまっすぐに見ていた。
——もう終わりだ。
保住は脱力する。流れに身を任せるしかないのだ。田口に抑え込まれたままじっとしていると、ふと田口の母親が「あら、やだ」と、いつもの笑い声をあげた。そして彼女は父親を見る。
「——お前」
「お前が保住さんを好きなのは見てればわかる。何年父親やってっと思ってんだ」
「……父さん」
「私だってわかるよ。あんだがそんなに人に執着するの初めてだもんね。あんだが私たちに会わせてくれた他人様って、そういないじゃないか」
田口の母親は、笑顔がほころんでいる。この時を待っていたかの如く笑顔なのだ。
——銀太の両親にはおれたちのことが知られていたということか?
これは自分の出る幕ではないと理解した。この件は田口家の問題なのだ。田口とその家族との——だ。
「全くだな。お前さ。高校の時だって友達連れてこねーもんな」
兄の金臣は笑い出す。
「よっぽど好きなんだなって思っていたけどよ。結婚したいくらい好きって……」
彼は泣き出す。
「銀太〜……お前も大人になったなあ」
——そこ?!
「銀ちゃん。あのねぇ、銀ちゃんには内緒にしていたんだけどね。わたしの姉はね、女性と同棲してるのよ。ねー。だからそういうのって、別になんていうか、気にならないのよねー」
真樹は金臣を見てから肩をすくめた。
「真樹のお姉さんの話はみんな知ってんだ。銀太。誰かを責任持って護りたいって思うなんて、お母さん、本気で涙、出ちゃうわ」
自分たちの関係性よりもなによりも。田口家には同性の恋愛感情に理解が深いことに驚きだ。
保住は田口家の面々を観察していると、自分だけが冷静である気がして、違和感しかない。
「ごめん……みんな。普通の形じゃないかもしれないけど、これがおれなんだ。おれは、保住さんとずっと一緒にいたいし、保住さんをそばで支えていきたい」
すっかり男泣きの田口に釣られて、家族みんなが泣いている。
「銀ちゃん……っ! いいお嫁さんになれるわ〜」
真樹も感激している。
——銀太が嫁。銀太が嫁。銀太が嫁……。
保住の脳内では花嫁姿の田口がグルグルと回る。
——いやおかしいだろう? 変態だ。裸エプロンくらい変態だ。
保住は現実逃避をしたいらしい。現実から目を背け、妄想の世界に逃げ込みたいのだ。
「銀太、
「キモいだろ? それ」
「保住さん!」
彼は真剣な眼差しで保住を見る。
「こんな不束な息子だが、面倒みてくれるのだろうか。——どうか頼みます!」
——頭を下げられても!
田口に開放された保住は、慌てて父親の元に手を着いた。
「お父さん、頭を上げてください。それはこちらののセリフです。こんな不具合ばかりのおれです。逆にご迷惑ばかりで」
「んなことねえ! 銀太〜! お前、誠心誠意を持って、保住さんに尽くすんだぞ!」
「はい!」
父親と田口は男泣きだ。二人で肩をたたき合って泣き出す。
——どうなっているというのだ!? この家族……。
血縁ではない保住だけが、まさにそこに取り残されたような気持ちになるが、そんなことは関係ないとばかりに、家族は感動のあまり号泣していた。ぽかんとしてその様子を眺めていると、隣にやってきた芽衣が「うふふ」と笑った。
「よかった。もうどうなっちゃうかと思ったわ。私も銀ちゃんはもう、保住さんしかいないと思ったんだよね。保住さん。応援するね」
「芽衣ちゃん……」
「銀太がお嫁さんなんて変なのー」
「変、変〜」
からかう甥っ子たちの横で、金臣と真樹は、「よかった。これで銀太も落ち着いてくれる」と喜び合う。どうしていいのかわからない保住だけで、もう完全に取り残されたということろだった。
「明日。保住さんにお会いしたら、ご挨拶しなければなるめぇな」
「そ、それは……」
そこで保住は、はったとした。
——そうだった。田口家のハードルはクリアしたのかも知れないが、我が家の件が残っているではないか! あの母親に知られたらどんなことになるのか。弱みを掴まれるものだ。みのりは気がついているみたいだが……。
明日の朝の件を想像すると、戦々恐々としてしまう。保住は顔色が悪くなった。すると芽衣とは反対側に田口の母親がやってきた。
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