第13話 家族か恋人か




「なんだか色々と、変に勘違いされていることが気になります。正直心配です。面倒なことにいならないといいのですが……」


「心配しすぎだろう」


 田口はざわついた気持ちを持て余しているというのに、保住はのんきに眠る体勢だ。すっかり目を瞑り、放っておけば寝息でも立てそうな雰囲気である。田口は慌てて保住の肩を揺らした。


「寝ちゃわないでくださいよ。お風呂行きましょう」


「そうだな……」


 疲れているということは理解している。保住は肯定の返答をしている割に、いっこうに起きる気配はない。疲労が蓄積している中で、身内の騒動に付き合わせてしまっていることについて、罪悪感を覚えた。


「芽依ちゃんと、ずっとその話だったのですか」


「プライベートの話だから詳しくは言えないが。彼女は勉強も一生懸命だが、恋をするお年頃だ。恋が勉強にも良い効果を及ぼすなら、いいことだろう」


「保住さんが、女子高生の恋の悩み相談相手だなんて。なんだかおもしろいですね」


「本当だ。笑わせてくれるな。恋愛のれの字もわからん男だ。彼女からしたら社会経験豊富なおじさまなのだろう。しかしおれの中身は小学生だからな」


「本当です」


 田口の肯定に反論の余地もないのだろう。保住は黙り込んだが、すぐにはっとしたように目を開けてから体を起こした。


「そうだった。お前の恋愛遍歴は聞いていなかったな。さっきの話の続きが聞いてみたいものだ」


「そこ、気になるんですか?」


 浴衣をそろえて、お風呂に行く支度をしていた田口は目を瞬かせる。


「いや。別に。気にならないということではないが、気になるほどのことでもないというか……」


 もごもごと口ごもる様は面白い。


「保住さん。それって『気になる』って言う意味に聞こえますけど」


「そう受け取られたのであれば心外な気もしないでもないが……」


「おれの過去にそんなに興味があるなんて。思ってもみませんでした。なんだか嬉しいですね。お風呂やめましょうか」


「え?」


 ベッドで半分体を起こしていた保住の元に行き、手をついて彼を押し倒す。


「ちょ——おい。銀太」


「いいじゃないですか。こんな素敵なシチュエーションないって。そう言いましたけど」


「だが、しかし……」


 保住の返答も待たずに唇を重ねる。冷たいその唇を舌でなぞり、割って中に入り込もうとすると肩を叩かれた。


「ダメですか?」


 ふと唇を離し、保住の瞳を覗き込む。漆黒の瞳は濡れていて田口にとったらたまらないものだが、彼の迷いが見て取れた。


「だ、ダメに決まっているだろうが。ご両親たちが見えているのだぞ? まったく。家族との時間を大切にしないと——」


「今のおれの家族は、保住さんだと思っているのですが」


 そんな田口の視線に、保住は恥ずかしそうに応えてくれた。彼の瞳には歓喜の色が浮かんでいるということが見て取れた。


 ——そうだ。おれの家族は保住さんなんだ。


 唇の端をなめ上げると、彼は嬉しそうに瞼を瞑った。


「家族……か?」


「そうですよ。違いますか? まだ友達ですか? それともおれは、恋人ですか——?」


 保住の心中は田口には計り知れない。だが唯一わかること。それは、自分だけがこうしてそばに置いてもらえて、こうして触れられるということだ。


「おれはお前には、そばにいて欲しいのだ」


「——とっても嬉しい言葉です」


 彼の耳元でそう囁いてから、唇を寄せる。保住の体がこわばる様が手に取るようにわかる。


 ——好きだ。大好き。保住さんさえいればいいんだ。


 先ほどまで感じていた家族の温かさ。それはそれなのだ。保住といる時に感じるこの熱い思いとはまた違っている。どちらも大好きで、どちらも大切だが、田口にとったら、保住と一緒にいるときの感覚のほうが貴重で大事にしたいものであると自覚した。


 芽衣に自分の気持ちがばれているということは、もしかしたら他の家族——特に両親は何かを把握しているのかも知れないという危惧が生まれた。なにせ自分の親だ。親は子の考えていることなど、離れていても手に取るように理解できることだろう。


 もし、自分たちのことを知ったら。彼らは家族でいてくれるのだろうか? 勘当されてしまうのだろうか? 絶縁されるのだろうか? そんな不安が胸をざわつかせるのだ。だがしかし、そうなってもなお。保住とのこの時間を手放す気はないのだ。


「すまない。不甲斐ない男だ」


 ふと保住の囁きに現実に引き戻された。


「そんなことはありません。なにがあっても、おれはあなたについていきます」


「すまない……」


「保住さん」


 再び、キスをしようと田口が屈んだ瞬間。扉が叩かれる音にはったとした。


「おーい。銀太。風呂か~? 飯の時間だぞ」


 金臣かねおみの声。居留守を使いたいところだけど、保住が先に返答した。


「わかりました」


「保住さん」


「仕方ないではないか。続きは後だ」


「——はい」


 田口はしぶしぶ体を起こした。こんな機会でもないと、二人での宿泊旅行なんてできそうにない。なにせ仕事仕事に忙殺されている数年だ。保住と知り合ってから、二人はほとんどの時間を仕事に費やしている。二人きりで出かけるなんてことは数えるほどだ。


 ——この事業が成功したら、今度は絶対に二人きりで旅行をしたい。


 田口はそう心に決めて身支度を整えた。



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