第11話 思い出



「中学の時、剣道の主将だったお前が、隣町の強豪とあたるって前の日。食事も食べられないくらい緊張していたくせに。顔つきだけはそんな顔していたっけ」


 田口の父親は畳に横になりながら懐かしそうに瞳を細めた。


「そうか?」


「そうだ。昔っからそうだ。子供は何人もいたけど。お前みたいに頑固で、一本筋通して、なんでもやり通す奴はいねえ。しかも相手が——取り掛かる物事が、でかければでかいほど燃えるタイプだろう」


「確かに。小学校の頃、気に食わねー奴がいて、そいつより絶対勉強できるようになるって宣言して、本当に抜かしたこともあったよな」


「あった、あった。気に食わねー、先生の授業を取り返してやっちまったこともあったべ。高校の時だっけか?」


 こうして父と兄に昔の話をされると、自分の性格は、かなり自己中心的であるということに気づかされる。世間知らずで無鉄砲。こうと決めたらがんとしてやり通す。逆境であればあるほどやる気が出て、欲しいもの、欲しい状況を手にしたい。貪欲で執念深いタイプ——それが田口銀太という男だ。


 田口はなんだか恥ずかしくなってきた。


「あんまし言うなよ。恥ずかしいだろうが」


「なに恥ずかしがってんだよ。それが銀太だろう。だからお前が梅沢市役所さ就職するって言った時も、止めても無駄だって思ったから。そのままにしたけどよ。やっぱりさ。お前はこの道に来てよかったべ」


「んだな。お前に向いているな」


 父親の言葉に兄も感慨深そうに大きく頷いた。

 今まで「戻ってこい」と言われてばかりいた。家族の期待を裏切っているみたいで嫌だったのに、「よかったべ」と言われたその一言は、田口の選択が肯定された瞬間でもある。

 今まで一人で悶々と悩んでいた事であったが、あっさりとその時は訪れたということだ。突然訪れたその時に、田口は無防備にも涙腺が緩んだようだ。泣くまでではないが、目元が潤んだところを金臣に見つけられたようだ。


「なんだよ。泣くのかよ? おい」


「な、泣いてなんかいねーし」

 

 こうしてお互いに大人になっているというのに、中身は子供のまま。兄弟とはそんなものなのだろうかと田口は不思議に思った。


「お前が出ていってから、こうしてゆっくり話する機会なかったもんな」


 父親は優しい目で田口を見つめていた。


「母ちゃんいるとうるせーべ。未だに『銀太は雪割の役場さ戻ってくればいいんだ』ってうるせえからな。だからよ。こういう男同士っていうのもいいだろう?」


 ——確かに。そういうことか。男は女性がいる場所では語り合うのが難しい。弁では負かされるからな。


「それよりも係長さんは? 一人でほったらかしかよ」


「いや。芽依めいちゃんが相談したいことがあるって言うから。二人で話しているけど」


「そうだった。芽衣はなんだか進路のことで係長さんに相談したいみたいだ。ずっとそればっかだ。父親のおれではダメなんだってよ。なんだかがっかりしちまうけどよ。仕方ねえな」


 金臣かねおみは肩を竦めた。


「お前も風呂さ入ってこいよ。夕飯は六時とか言っていたっけ。夕飯一緒に食べて、そしたらここでまたゆっくり話でもすっぺな」


 昨晩はビュッフェ形式の夕飯を堪能してもらったが、今日は家族水入らずで話ができるほうがいいと保住が気を利かせてくれたおかげで、座敷での夕飯の予定になっているのだ。田口は父親に促されて廊下に出た。



***



 田口が宿泊予定の部屋に戻ると、保住と芽衣が雑誌を見つめながら話し込んでいるところであった。


「そうだろうか」


「どうかな? こういうの。保住さん」


 珍しく保住は難しい顔をしている。彼を困らせる質問を投げつける芽衣は恐るべし——。田口はそう思いながらそっと二人の様子を見守った。


「どう思うの?」


「いや。これは、なかなかの難題だな」


 いつまでも話が収まらないようなので、田口は「戻りました」と声をかけた。田口の声に弾かれたように、芽衣は驚いて雑誌を閉じてテーブルの下に隠した。


「なに? なんの話をしていたの?」


「な、なんでもないよ。銀ちゃん」


 芽依は頬を赤らめて、少し恥ずかしそうにもぞもぞとしている。


 ——一体、なんの話をしていたのだ?


 おどおどとしている芽衣とは対照的に、保住は田口をまっすぐに見据えた。


「もう帰ってきたのか? もっとゆっくり話をしてくればいいのに」


「夕飯前に風呂に入ろうかと思って戻りましたが。お邪魔でしたか」


 田口の言葉に保住は、首を横に振った。


「そういうわけではないが……」


 ——出た。保住さんのクセ。嘘をついたり、都合が悪かったりすると言葉が不明瞭になるんだから。


「なにか隠していますね。相談って進路のことじゃないですね?」


 田口はきっぱりと言い切ってから、二人を見つめた。


「別に。そんなことは——」


 保住は芽依を見る。彼女も大きく何度も首を縦に振っていた。


「そうそう。なんで銀ちゃんに隠し事しなくちゃいけないの? 私は保住さんに将来のこと、相談に乗ってもらっているだけだし」


「じゃあ、隠すことはないでしょう。テーブルの下に隠した雑誌。なあに?」


「それは——」


「将来の相談って?」


 田口の毅然とした態度に、保住と芽依は顔を見合わせる。なんだか女子高生が、担任にでも怒られているような構図で内心笑ってしまう。二人に秘密があったとしても、田口には関係はないのだが、ここをやり過ごしたら、後で解明するには困難になると直感した。しかし芽依も保住もだんまりを決め込むつもりらしい。


「そこまで秘密の相談って、どういうことなんですか?」


 田口の中に苛立ちが芽生えた。


「保住さん? おれに隠し事するおつもりですか」


「いや。そういうわけでは……」


 保住は言葉を濁してから芽依を見る。この件は彼女の許可がないと口にすることは守秘義務違反——そういうことだろう。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る