第10話 家族


 


 仕事を終え、保住を連れて宿泊予定である出湯いでゆの宿に足を運んだ。西の稜線に浮かび上がる朱色の夕日を眺めながら、田口は駐車場に車を停めた。


 チャックインを済ませ、両親が滞在している部屋に顔を出すと、田口家ご一行は寛いでおり

すっかり梅沢ツアーを満喫しているようであった。


「銀太か。土曜日のこんな時間まで仕事って、イベントがあるからなのか? それども、いつものことなのか」


 浴衣姿の父親は心配そうに田口の声をかけてきた。


「いつものことだ。今の部署は休みなんてあったもんではないんだよ」


「そげに忙しいのかよ。役場とは仕事の量も違うんだろうな」


 部屋割は男女別にしたようだ。田口としては、両親の部屋と兄家族の部屋を想定していたのだが。父親の隣には、浴衣姿の金臣かねおみ。そして、陽人はると陽太はるたがプロレスごっこをして暴れていた。


「大きい小さいは問題ないよ。公務員って言うのはどこも忙しいもんだ。それよりも、今日はどうだった? 保住さんたちに失礼なことしなかっただろうな」


 父親と兄の前にあぐらをかいて座る。兄はにやにやとして頷いた。


「お前よお。おれらがどんな失礼するっつーんだよ。いや、それよりもよ。やっぱり係長さんの母上様と妹さんだよな。あんな美人、雪割では滅多に見ねーぞ。都会は違うよな。な? 父ちゃん」


 いつもはそんな話には乗ってこないような父親まで「んだな」と大きく頷いた。そこに陽太も口を挟んだ。


「みのり姉ちゃんって胸でっかいんだって! 今日、陽人がぎゅって抱きしめられたら、鼻血出したんだからな~」


「お前! 言ってんじゃねー」


 陽人は陽太をぽかぽかと叩いた。お年頃の子供というのは、まったくもって笑える。田口は苦笑した。 


 確かに、田口は正直に言うと、保住にしか興味がないので、みのりは眼中にもないのだが。彼女はスタイルもよく、気立てもよい。モテない理由はその性格であるのだが……。さすがに子供には優しくしてくれるらしい。陽太も陽人もすっかり彼女の崇拝者と化しているようだった。


「おいおい。あんまりバカ丸出しすんなよ。陽太も陽人も。みのりさんに失礼だろう」


 田口は大きくため息を吐くしかない。


「それにしても、こんな部屋割りでよかったのかよ? なんで父さんと母さんで泊まらない訳? 別に部屋数増やしたってよかったのに」


 田口はせっかくの機会なので、夫婦水いらずがいいのではないかと思っていたのだが……。父親は弱った表情をして笑った。


「いつも一緒にいるんだ。たまには、母ちゃんとは別に泊ってみたいわけよ」


「そうだよ。たまには男同士っつうのもいいもんだぞ」


 金臣まで頷く。

 夫婦とは難儀なものだと思った。長く一緒にいると、そう思うものなのだろうか?


 ——おれは、ずっと保住さんと一緒がいいんだけどな……。


「おめも係長さんも、ここさ泊るか?」


 ——この部屋にだって? 冗談じゃない。


「いいって。ちゃんと部屋とったし。無理無理入れてもらったんだからな」


「それはお前が気が利かねーだけだべ。係長さんもお忙しいんだ。一緒に時間とれるように配慮すんのがお前の役目だべよ」


 父親という生き物は勝手な事ばかり言うものだ——と田口は大きくため息を吐いた。それから、陽人と陽太に視線を遣る。


「おい。今日は楽しかったか?」


 田口の問いに、二人は目を輝かせた。


「楽しかったぞ。銀太。桃、うまかった!」


「プラネタリウムもおもしかった」


「陽太は真っ暗でぐうぐう寝てたべ」


「寝てねーし」


 二人はそんなことを言い合いながら、カバンからこけしを掴み上げて田口の目の前に見せつけた。象牙色ぞういろにも似たきれいな木目調のこけしに、けばけばしい色が塗られていた。色がはみ出していて、不器用さが滲み出ている。


 ——男ってこんなもんだよな。


 なんだか自分の子供時代を思い出して笑ってしまう。字が汚くて、クラスの女子に笑われたことを思い出したのだ。こけしは、流行っているアニメのロボットみたいなやつと、真っ黄色のポシェモンキャラクターのつもりらしい。かろうじて色合いでわかるものの、ぱっとみ原型は見て取れない。どうやら田口家はこういった芸術分野には才能がないらしい。


「見てみて、銀太。かっこいいだろう!」


「陽人の変じゃん」


「うるせー、お前のだって変だ」


 すぐに喧嘩になる二人を見て、父親も兄も笑っている。田口も釣られて笑みを浮かべた。

 懐かしい光景がほほえましい。自分の子供時代を思い出す。兄弟三人でよくケンカをしていた。そんなやり取りを怒ることなく、両親はこうして見守ってくれていたのだった。まるで雪割の実家に帰ったみたいで心がじんわり温かくなった。


 ——どうやら忘れていたようだ。この感覚。


「今はどんな仕事してんだ?」


 テレビを眺めながら父親が問う。田口は子供たちから視線を戻した。


「梅沢市は市制施行100周年を迎えるんだ。おれは、その記念すべき誕生日を祝う部署にいるんだ」


「へえ。100年ってすげえな。この大きさだ。祭も盛大に行われるんだろうな」


「そうだ。その祭をおれたち四人でやり切るんだ——」


 ——そうだ。おれたちの使命は尊い。失敗は許されないのだ。


「でも楽しいんだ。この仕事」


「楽しい?」


「んだ。梅沢の100年に一度のお祭りを祝うんだ。おれたちはその中心にいるんだ。こんな光栄な仕事ないだろう? 次に祭が回ってくるのは100年後だ。おれたちはもういないんだ。次の世代、次の次の世代かも知れない。そう考えると武者震いがする」


 田口の言葉に、父親と金臣は顔を見合わせてから笑った。


「お前」


「変わってねーな」

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