第7話 田口家のミーティング



「だから、職場にはくんなって、あれほど言っておいただろう?」


 田口は総勢七名の自分の家族を食堂の椅子に並べて座らせた。そして、その目の前で声を押し殺して怒った。しかしそんなことでへこたれるキャラたちではない。一同はそれぞれに不満を漏らした。


「だってよ~」


「銀太の働いているところ、見てみたいじゃない」


「思ったよりも古いんだな。市役所ってー」


「でも役場と違って、人がたくさんいるよなー。祭りみてぇだよぉ」


「迷路みたい~」


「楽し~」


「保住さんもいたしね」


 一度話が始まると収拾がつかないのはいつものことだ。それぞれは好き勝手なことを口々に話し始める。田口は軽くテーブルを叩いて、一同を黙らせた。それから、午前中に保住と打ち合わせをした、みのりのスケジュール表をそれぞれの目の前に置いた。


「悪いけど。週末は前にも話した通り、イベントの手伝いだから。保住さんのお母さんと妹のみのりさんが面倒みてくれっから。くれぐれも失礼ないようにな」


「ええ? そんな、悪いべ」


「んだよ。私たちだけだって大丈夫だよ」


「そうそう。果物狩りにでも行けばいいでしょう?」


「あのねえ!」


 また勝手なことを言い出す一同を、田口は制する。


「果物狩りって行っても、数時間しか持たないし。梅沢にせっかく来たんだから、満喫して欲しいって、保住家のみなさんが言ってくれてんだから。素直にご厚意を受け入れて、大人しく従うこと。いいな? それ、できないなら帰って」


「は~い……」


 一同は小さい声で呟く。やっとおとなしくなった家族を見渡してから、田口は説明をし始めた。


「今日はこれから、すぐに宿に行くこと。寄り道すんなよ。時間もちょうどいい。このまま市役所を出て向かえば、チェックインの午後四時には間に合う。お風呂が何種類もあるし、夜はビュッフェスタイルだから今晩は宿を満喫してもらうから」


ってなんだ?」


 陽人はると陽太はるたに尋ねる。


「おれ、わがんね」


 もぞもぞと話し合っている二人を放っておいて、田口は説明を続けた。


「明日は朝十時に、保住さんのお母さんと妹さんが宿まで迎えにきてくれっから。午前中は桃狩り。桃はあらかた終わりかけだから。黄桃が主流だけど、美味しいから安心して。昼食は予約済の和食店。午後は足湯に寄りながら、こけしの絵付け体験。それから子供たちが喜ぶプラネタリウムね」


「プラネタリウムだと」


「見たことねーな」


「あの寝ながら、星見るやつが?」


「おれ、見たことねーな。いやいや、天然の星はよく見てっけどよ」


 今度は大人たちが声を上げた。


「明日は、大体五時に宿に戻っていて。おれも仕事が終わったら向かうから。部屋取れたし、泊まるから」


「お前はいいけどよー。係長さんはどうなんだよ」


「え?」


「お前しかこねーのが。それじゃあ、係長さんと話できねーべ」


 今まで黙っていた父親が突然、不満を漏らしたので田口は驚いた。確かに。保住を連れて帰省した際も、父親が一番喜んで話をしていたことを思い出したのだ。


「それは……」


 田口としては、保住と父親が仲良くしてくれるのは嬉しいことではあるのだが……。家族と保住を接触させたくない気持ちもなくもない。どうしたものかと口ごもっていると、父親は「そうだ」と声を上げる。


「せめて泊まれなくても宿に連れてこられねえもんかよ」


「芽衣も相談したいことがあるんだからよ」


 父親の意見に金臣まで声を上げた。芽衣は少し恥ずかしそうにうつむいている。業務中にここで押し問答をするのも面倒だ。適当なことを言ってあしらうしかないと判断した田口は「わかったよ」と返答をした。


「なんとかすればいいんだべ」


「そういうこった。なんのために来たと思ってんだよ。このバカ息子が」


 両腕を組んで頷く父親の様子を見ていると、到底「連れてこられませんでした」とは言い難いが……。後でなんとかするしかないと田口はぐっと気持ちを押し込めた。


「最終日は十時にチェックアウトだ。午前中は星野一郎ゆかりの地巡りをしてから、昼食。昼食はおれたちの参加している駅前イベント。ここだと梅沢のうまいもの食えるから」


「おお、お前の仕事姿も拝めっかよ」


「楽しみだね」


 本当はそこにだけは来てもらいたくないのだが……。これは保住の案だ。


『子の一生懸命に仕事に取り組む姿ほど、親は嬉しいものだろう? 離れているし、実家にもそう帰らないんだ。たまには親孝行をしておけ』


 そう言われてしまうと、断る訳にもいかない。それに、なるほどと思う部分もある。確かに、両親に仕事の話をあまりしたことはない。今回も異動したことを伝えてはいなかった。少しは彼らも自分の息子を誇りに思ってくれるだろうか?


 あまり親孝行をしたことなどない。田口はいつまでも子供の気持ちでいたものだが、自分もいい年である。やってもらうばかりではなく、自分も恩返しをしなければならない時期に来ているのかも知れないということなのだ。


「最終日は昼飯を食べたらぼちぼち帰れよ。月曜から学校なんだべ」


「そうだけど」


 田口は一同を見渡す。


「どうだろうか。こんなプランで」


 みんなはそれぞれの顔を見合わせてから頷いた。


「いいな」


「私たち、なにも考えていなかったし」


「ノープランだもんな」


「いつもじゃない」


 一同は納得したらしい。これでやっと目途が付いたということだ。


「じゃあ、わかったところで解散。さっさと宿に向かうこと」


「え~。職場は? もう終わり?」


「見学したい」


「ちゃんと挨拶しねーと」


 母親は手荷物を持ち上げる。お土産らしい。


「みんな仕事で忙しいんだから。今日はおれが預かるから。さ、帰った帰った」


 田口は母親の手から紙袋を奪い、追い払いように一行を玄関まで連れていって外に追い出した。身内を邪険にするというのは、なんとなく嫌気がさすものだが、追い出されたほうは、そう深刻ではないらしい。


「宿はどこだべ」


「ナビに入れたから大丈夫だべ」


 一同は次の行き先に意識が向かっているようで、田口のことなど振り向きもしなかったのだった。




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