第2話 嵐の前の静けさ
先ほどの、戦線布告のような言葉が耳から離れなかった。安齋という男は要注意だ。一時も保住から目を離してはならない。そんなことばかりが頭の中を渦巻いていて、到底仕事が出来るわけもない。案の定、保住の声が飛んできた。
「……おい! 田口。聞いているか」
顔を上げると、保住は面白くない顔をして自分を見ていた。
「はい。すみませんでした」
「なにを惚けている。挨拶回りの報告をしろ」
「はい!」
田口は慌ててリストを差し出して保住に見せる。
「本日で挨拶回りは全て完了いたしました」
「問題はなかったのか?」
「ほぼありませんでしたが、ひとつだけ、ご要望が上がりました」
「報告しろ」
もしゃもしゃになっている頭をかきながら田口に視線を向けてくる彼を見ていると、心が落ち着いた。大丈夫。安齋とのことは自分がなんとかする。彼には迷惑をかけない。そう心に固く決心をしていた。
***
二人のやり取りを聞いていた大堀は、となりの安齋が心なしか浮き足立っている様子に疑問を覚えた。この男が機嫌がいいということは、周囲の人間にとったら、よくないことの方が多いからだ。
「なんか機嫌いいんじゃないの? 悪巧み?」
大堀の言葉に安齋は微笑を浮かべる。
「面白いものを見つけてな」
「悪趣味な安齋が喜ぶことって、ロクなことなさそうだね」
「それはそうだ。基本、人のことなどどうでもいい。おれさえよければいいのだ」
彼は口元を歪めて笑う。その笑みは、残忍な雰囲気が漂っていて、一緒に喜べる気持ちにはなれない。なんだか不吉な予感がして、心がざわっとした。大堀は眉間に皺を寄せてから、黙って安齋を見つめ返した。
「大堀。面白いことになるぞ」
開いた口が塞がらないとは、このことだ。大堀は少し口をパクパクさせたが、言葉を発することはやめてため息を吐いた。
「話すだけ無駄だった」
「わかればよろしい。おれに話しかけるなよ。お前と話をするとイラつく」
「はいはい。そこのところだけはおれも同感ですよ」
少し落ち着いた市制100周年事業推進室は、嵐の前の静けさのようで不気味な雰囲気が漂っていた。
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