第11話 そして、結末。



「大堀! ぬいぐるみ、この大きさのも作るぞ」


 うさぎのぬいぐるみは、保住の腕にすっかり収まっている。出勤したか否かの話で、大堀は目を白黒させた。


「な、室長。朝からなんですか」


「この大きさのぬいぐるみを作るのだ。それから、中と小も。あとは、もふもふのキーホルダーだろ、メモ帳、ボールペン、マーカーセット、ノートにファイル。ゆずリンの形のもふもふペンケースも……」


 保住の妄想に、大堀はついて行けていない。ポカンとしているだけだ。


「ステッカーもいいな。子供が乗っていますステッカーとか……」


 すっかり自分の世界に入っている保住に、周囲の様子など目に入るわけもない。田口は感嘆の声を上げた。


 ——澤井副市長が言っていた、「周囲に配慮できないモード」というやつか。


 初めて目の当たりにした。


 ——これでは確かに……。みんなと仕事などできるはずもない。


「ハンカチ、タオル、トートバック、マグ、グラス、ランチョンマット、水筒、ピンバッチ、名刺入れとか、スマホケースとか……」


「室長。ともかく! まずは企画書に起こすのがいいのでは?」


 田口の言葉に彼は自席に座ると早速パソコンを打ち始める。


「それはいい!」


「お願いしますね」


 田口に乗せられて早速書類を作り始めて、やっと大人しくなる。大きく溜息を吐くしかなかった。目の前の大堀はあんぐりとしたままだった。



***



「昨日のは、なんだったんだ……」


 田口の隣の空いている座席に座らされているうさぎのぬいぐるみを眺めながら、大堀は昨日から放心状態だ。しかし安齋は愉快そうだった。


「室長の本気を垣間見たな」


「本当だよ。おれなんか、すっかり置いてきぼり。なにもしていない内に、ゆずリンの企画が通ってしまった」


 保住らしい。あの後、保住は一時間も経たずに企画書を仕上げて、さっそく澤井を捕まえ、企画を強引に通した。夕方には印刷会社の担当者と打ち合わせ。グッズのデザインゲラの仕上がりは来週末と話を付けてきたようだ。


「……本当に凄過ぎる。おれが一か月もかけてやるような仕事を一日で」


「先日の後始末も十五分単位だからな。だから暇そうなんだ」


 安齋は笑った。あるじ不在のデスクを眺めて、田口も同意する。


「最初、いつも暇そうにしていたのを見て『仕事をしない上司だ』と思っていた。ところが、仕事にかける時間が普通の人の半分以下。いやそれ以下。だから暇なんだって理解したのを思い出した」


「そうそう。そうだね。きっと。おれが二十日かかる仕事を一日で終わらせたら、残り十九日は暇だ!」


 大堀は大きくため息を吐く。


「神様は不公平だ」


 できない者からしたら、彼の能力は羨ましいものなのかも知れないが。側で見ていると苦労していることは重々わかる。いつも自分のやりたいようにはできない。自分のペースで仕事を回したら、部下が付いてこられないからだ。

 

 思う存分仕事をしてみたいだろうに。組織というところに所属したからには、逸脱できないのがこの世界か。田口はため息を吐いた。


「おれたちも最終日。挨拶周りの仕上げをするか」


 安齋の言葉に田口は、パソコンを閉じる。


「そうだな」


「留守番していろよ」


「はいはい」


 大堀は手を上げて答える。先日聞いた大堀がいじめられていた話は、安齋は知らぬことだろう。保住にも言っていない。多分大堀の気持ちは、同じような体験をしてみないと理解できないことである思われるし、今現在の職務に関係がある話でもない。


 大堀という人間を理解する上では重要な情報であるのかも知れないが——。

 大堀は自分を信頼して打ち明けてくれた。保住にはいつか伝えるときがくるのかも知れないが、今はその時ではないと判断したので、胸にしまっておいた。

田口が彼を見ると大堀はにこっと笑顔を見せた。


 あれから大堀との距離は少し近づいていると思われた——。




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