第4話 ボス戦、4回戦!



 定刻だ。副市長室の前で佇んでいる安齋は、どことなしか自信がなさそうに見えた。田口は自分が澤井のところに企画書を持参する際、保住が声をかけてくれたことを思い出し、安齋の肩を叩いた。


「大丈夫だ。なんとかなる」


「田口……」


 少々不安げな彼の瞳の色を見つけて、田口は大きくうなずく。自分も不安だ。いつもは保住がいてくれた。今度は自分が安齋のサポートをするのだ。

 できるのかどうか不安。でもやるしかない。二人は視線を合わせてから軽くうなずいて、扉をノックした。


「市制100周年記念事業推進室の田口と安齋です」


「どうぞ」


 軋んだ扉の音とともに、天沼が顔を出す。「お待ちかねです」という顔に動悸が激しくなった。足を踏み入れた瞬間、澤井の低い声が飛んでくる。


「貴様なら、と思っていたが。当てにならないということだな!」


 それは田口に向けて放たれた言葉である、と瞬時に理解をする。そして「申し訳ございません」と述べた。

 隣にいた安齋は目を瞬かせているばかりだ。天沼は……彼は理解しているのか、神妙な顔つきで澤井のそばに立っていた。


「今回の件は、おれの不手際です」


「認めるのか」


「はい」


 澤井は大きくため息を吐いて見せた。


「お前に弁明してもらう筋合いでもないがな。面白くない。言い訳の一つでも言ったらどうだ」


 安齋や天沼がいる場でこの話はしたくはないのだが。澤井は気にしていないようだ。いや。そんなことが目に入らないくらい憤慨しているのかもしれない。

 田口はじっと澤井を見つめ返した。


「おれの責任です。おれの不手際なのです。自分ができないなら、他の職員に託すべきでした。ただそれだけのことです」


 すっかり非を認めている田口の態度に、澤井はちっと舌打ちをした。もっと文句をつけたかったのだろうが、そうはさせない。


「そういうクソ真面目さが嫌いだ」


「……副市長が私を嫌う理由は、と思いますが」


「余計な口を叩くようになったものだ。前にも言ったはずだ。ちゃんとできないならとな」


「そう簡単には行きません」


 澤井の脅しには屈しない。田口は彼の視線をまっすぐに見返した。すると澤井はきつく結んでいた口元を緩めた。


「ふん、いい顔するようになったじゃないか。今回はさほど重症ではなさそうだからな。大目に見てやる。明日には、顔を出せるように調整させておけ。……で。企画書はどうした」


「はい」


 ぽかんとしていた安齋を肘で突くと、彼は我に返って持参してきた企画書を澤井に手渡した。澤井は面白くもなさそうにぺらぺらと書類を眺めてから突き返す。いつもの如くコメントも感想もない。


「用件は終わりだ」


 それだけ言った。


「ありがとうございました」


 田口が頭を下げるのを見て、遅れて安齋も頭を下げた。


「失礼いたしました」


 二人はおずおずと頭を下げて、部屋を出ていった。



***



「おい。どういうことなんだ」


 廊下に出ると、安齋は目を細めて田口を見た。


「通ったということだ」


「は? なにも言っていなかったぞ」


「だからだよ」


 ––––なんとか通った。


 だけど保住の調子を崩させた責任を責められたことに気が向く。自分でもわかっている。天沼や安齋もいたので、あの程度で済んだが、気を抜くと澤井はすぐに手を伸ばしてくる。気を引き締めなければならないのだ。

 自分のことでいっぱいになっていると、安齋は面白くなさそうな表情で田口を見ていた。


「おい、説明が足りないぞ」


 ––––そうだった。安齋と一緒にいることを忘れかけていた。


 田口は表情を引き締め直してから、安齋に視線を戻した。



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