第3話 二人の関係性



 眩暈めまいがしていた。手を伸ばしてスマホを取り上げると昼前だった。


 ––––体が限界を迎えているのか。


 動かしたくとも動けないなんて、体調不良は圧迫骨折以来だろうか。時間を確認したくスマホを取り上げたのに、たまたま着信があったようだ。

 出るつもりもないのに通話になったかと思うと、離れていても聞こえるくらいの怒声が響いた。


『またか! このバカが』


 ––––そう怒らなくてもいいだろう?


 声の調子で相手が誰だかすぐわかる。大きくため息を吐いてから、スマホを耳に当てた。


「すみませんね……。銀……田口に代行させていますから」


『そういう問題ではなかろう。お前の体調管理は、田口に任せておいたのに。これからあいつが来る。叱責せねばなるまい』


 電話口の相手、澤井の仏頂面が想像できて笑ってしまう。


「そう言わないでください。田口は田口でよくやってくれているんです。おれが悪い」


『それをわかっているなら反省して改善しろ。学習能力がないにもほどがあるぞ。何度目だ?』


 語尾の声色が和らぐさまに、澤井は心配してくれているのだと理解した。


『程度は?』


「今回は軽症ですよ。体が重くて動かないのは、熱中症っていうよりも疲れかも知れませんね」


『この事業は長丁場だ。そう最初から気張るなと言ってあるだろうが』


「それは……」


『お前がその調子では、部下も疲弊しているに違いない。無理をさせるな』


「承知しているつもりでしたが。……悪いクセです」


『周りが見えなくなるのは結構だが……若くもないのだ。もっと思量深くなれ』


「申し訳ありません」


『安齋の書類は、余程酷くなければ通してやる』


「ありがとうございます」


『明日は出てこられるように調整しておけ。そして、朝一で顔を出せ』


「承知しました」


 通話は乱暴に途切れた。スマホをベッドに置いて、ため息を吐く。


「なんなんだよ。あの人……」


 こんな体調が悪いときに苦情の電話を寄越して追い打ちをかける気か。


 ––––そう言えば、新人の頃も熱中症になって運んでもらったか。……仕事に夢中になるのも良し悪しだな。


 天井を仰ぎ見てから瞼を閉じる。


 ––––眠い。銀太は大丈夫だろうか。澤井にこれからいじめられるのだろうな。本当にすまないな。


 そんなことを考えているはずだったのに、いつの間にか深い眠りに誘われていった。



***



「まったく。あいつはっ」


 吐き捨てるように携帯をデスクに投げ出す澤井を見て、書類を整理していた天沼は顔を上げた。


 ––––なにか言葉をかけてもいいものだろか。


 これは結構プライベートの話題だ。多少迷うが、天沼は思い切って口を開いた。


「保住室長のお加減はいかがでしたか」


 ––––たしなめられるだろうか?


 しかし澤井は、天沼の心配など他所に、関係なくため息を吐いた。


「熱中症というより疲労だろう。悪いクセだ。田口に任せてあるのに。あの男も当てにならないということだ」


「田口に? ……ですか」


「どいつもこいつも」


 澤井が苛立っている理由がよくわからない。

 田口と澤井の関係性はよくわからない。


 だがしかし、澤井の口からは時々「」の名が飛び出すのだ。自分と同期の一職員の名をだ。


 どういうことなのだ。謎。


 天沼の思考の範疇では澤井、保住、田口の関係は不可思議で理解ができなかった。保住が体調不良になったことが、なぜこんなにも彼を苛立たせるのか。


 ここ数か月、近くで時間を共にして保住という男が澤井にとって特別であるということはよくわかった。そして今回の件。


 ––––すごく心配しているみたいだ。


 安齋に本日の予定を確認し、その際、保住が休みであると聞いたので素直に報告をした。すると途端にこれだ。澤井の機嫌がすこぶる悪い。心配なら素直にそう言えばいいのに……素直じゃないんだから、と天沼は思った。


 澤井と保住の関係は親と子なのだろうか。親が子供の心配をしているような……。それとも恋人か。

 まさかね。そんなことを考えていると、扉がノックされた。


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