大学生と着替え

「で、なんでそんな恰好してんだ?」


 荷物を持ち、メナージュに向かいながら雄二は俺に尋ねた。


 コミケに売り子として行くことになって無理やり、とは言えないので罰ゲームでと言っておいた。 雄二は少し疑問そうな顔を浮かべながらも納得したようだ。


「それにしても可愛いな」

「俺が女だったとしてもゴリラは無理だな」

「え、ひど」


 メナージュの前までやってきたはいいものの今のまま入ったら舞先輩になんて言われるか…… 一旦帰って着替えてから来ようかな。


「悪い、俺は一回帰るわ」


 俺はそう言い元来た道に振り返る。 未来の荷物をかっさらい、いまだに呆けている紅葉ちゃんを横目に歩き出す。


 雄二のことだ、メナージュでゆっくりお茶でも出してくれるだろう。 俺が戻ったら話を聞くとしてその後はどうする? 理由はどうあれ秋穂さんに連絡を入れておくべきなのだろうか。


 スマホをポケットから取り出すとマインの通知が来ていた。 通知は杏樹からで心配だから俺の家に一回行くと書いてあった。 もしかしたら杏樹も俺の家の前で立ち往生になっているかもしれないと思い少しだけ足を速める。


 予想通り杏樹はマンションのエントランスで俺のことを待っていたらしい。 しかしこちらに気づくとぎょっとした顔をした後に申し訳なさそうに、


「ごめんなさい、あなたが趣味で楽しんでいるときに……」

「いや、趣味じゃないから」


 どんな勘違いなんだろう。 とにかく俺に女装の趣味はないぞ?


 杏樹にはそのままエントランスで待ってもらい、俺は部屋に戻って荷物を置きすぐに着替えた。 もちろん普段の私服にな。


 エントランスに戻ると杏樹が眠そうに手首につけた時計を見ていた。


「寝不足か?」

「ええ、ちょっとね」


 珍しいこともあるんだな。 杏樹は基本十時半には寝て五時半に起きると前に言っていたくらいだし、昼間に眠そうにしているのは初めて見たな。


「なんかあったのか?」

「いや、休みなんだからと思って撮り貯めていたドラマを見ていたのだけれど気が付いたら次の日になっていて……」


 それで寝不足と言うわけか。 杏樹にしては随分と乙女らしい返答が帰ってきたな。 いつもなら勉強していて、とか本を読んでいたら寝れなくてみたいな真面目返答が来るはずなのに。


 まあそんなことは置いておいて、


「それで紅葉ちゃんは何で家出したと思う?」

「私に聞かないでよ。 私なんて家出なんて考えたこともないのよ?」


 流石は真面目人間こと杏樹だな。 全く参考にならん。


「そういえば蘭ちゃんは今日はいないのか?」

「蘭は今日、登校日でそのまま友達と遊んでくるって。 だから紅葉さんの件は手伝えないわ」


 流石は天下の高校生だな。 俺なんて大学の講義が終わったらすぐ帰ろうと思うもん。


 汗がにじむ中、俺と杏樹はメナージュに着くまで世間話をしながら歩いていた。

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