大学生と完売

「今なんて言いました?」


 聞き間違いかな。 今、森さんの口からそのままでいいんじゃ的な発言が聞こえたような……


「その姿のまま友達と絡んでくれたりしたら最高なんですが……」

「やっぱりそっち系で考えてますよね!?俺にそんな趣味は無いですから!」


 まさか初対面の担当さんにそんなことを言われるなんて……


 確かに外見はただの男女に見えるかもだけどそれは俺の精神衛生上良くないって……


「つっくん、そろそろ時間だよー」

「おう。戻るか」


 森さんのことは伝えてあったため未来は直ぐに担当編集さんだと気づいて大人しく海を眺めていた。


 我ながらよくできた彼女だと思う。ただ仕事とかに関係ないとなるとものすごいけど。


「じゃあ私もお供しますね」


 戻ろうとお弁当を片付けていると森さんも入場するとの事だった。


「それに良いお知らせもあるので……」


 俺に聞こえるか聞こえないかの声で森さんが何か言った。 俺は急いで片付けをしていたので聞こえる訳もなく駆け足で会場に戻った。


 日向に報告をして俺は売り子に回る。 当然客足は衰えておらずむしろ朝より増えている気もする。


「悪い、遅くなった!」

「いいのよ、ただ午後も頼むわね!」


「そうだ! 日向、森さんの分用意しておいてくれ!」

「わかったわ! それより海竜先生はこっち手伝ってちょうだい!」


 日向に言われ俺はブースに戻る。 次々と会計を済ませて森さんがやってきた。


「海竜先生! サインお願いします!」

「今忙しいのであとででもいいですか?」


 そう言うとしぶしぶ森さんはブースを出て行った。 なんか悪い気がしたけど忙しいのだからしょうがない。


 ただ、落ち込みながら新刊を二十冊を持っている姿は異質そのものだった。 周りが「すげぇ」みたいな目で森さんを見ている。


「流石はあなたの編集さんね。 それにあの人は毎回新刊を買ってくれるお得意様なのよね」

「やっぱりか、サザンドラって言ったらすぐに反応してたからな」


 さて、嵐のような森さんが去り残り十部となったところで俺と未来は休憩をもらった。 ブースの後ろで二人一緒にベンチに座りながらペットボトルをあおる。


 冷たいお茶が全身に染み渡り生き返った心地になる。 ふう、と一息つくと日向の声で、


「新刊売り切れになりましたー! 皆さんありがとうございますー!」


 と声が聞こえてきたので俺と未来は控えめにハイタッチをする。 すぐに日向も休憩をもらい俺の隣に座る。


「お疲れ様海竜先生。 それと未来ちゃん」

「こちらこそ貴重な体験ができたよ。 疲れたけどね……」


 俺と日向でねぎらいの言葉をかけあっているとブースに森さんが入ってきて俺と日向の前に立った。


「海竜先生。 おめでとうございます、先生のラノベがコミカライズ化が決定しました!」


 俺は森さんの言ったことが理解できず固まった。

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