大学生とお姉さん
「未来、気乗りはしないと思うが今週の土曜にお義母さんのところに行くぞ」
「え…… そんな急に…… うん、わかった」
買い物から帰ってきた未来にそう告げると少し迷った顔をして頷いた。 未来の顔には今までに見たこともないほど哀愁が漂っていて心が痛む。
でもいつかは終わらせなければいけない。 それにいつまでもあのクソババアに甘い汁をすすらせるわけにはいかない。
「未来には悪いが俺はこれから図書館に行ってくる」
「え、どうして?」
「いざ戦うとなると相当の意識を頭に入れなくちゃいけなくなるしな。 それに今月分の原稿も書かなちゃいけないし……」
すみません、旅行から帰ってきてサボっていました。
「うん、わかった。 でも夜ご飯には帰ってきてよ? もう一人の夜ご飯は嫌だから……」
未来は俯いて言う。 俺はそれに胸を締め付けられながら強く言う。
「おう!」
今週一週間だけだが俺と未来にとってはとても長くなるだろう。 なにせお互いに初めて大人を敵に回すんだからな。
俺は荷物をまとめて玄関に向かう。
「未来も何かあったらすぐに連絡してくれよ。 可能であればすぐに返す」
「言われなくても分かってるよ! それじゃあつっくん、頑張って!」
「行ってきます!」
*
「そうだ、あの人にも連絡しておこう」
図書館へ行く途中、俺はとある人を思い出したのでスマホを見る。 するとちょうどその人からメッセージが来ていた。
『お姉さん:やっほー、愛しのお姉さんですよー』
『紗月:三十路が何やってんすか……』
『お姉さん:三十路とは失礼な! 私はまだまだ現役だよ! 色々と!』
あ、マインの表示の名前変えられてる。 なんでスマホにロックかけてるのに変わってるんだよ……
俺はちゃんと元の名前に戻した。
『佐藤さん:もー、無視されると萌えるじゃんかー』
『紗月:毎回毎回感想どうもです。 ところで先生は今から空いてますか?』
お姉さん改め佐藤さん。 またの名を
彼女は俺が高校生時代に隣に住んでいた人で、俺がラノベ作家であることを最初に見破った唯一の存在だった。 ちょっと前までは。
そんな彼女だが今は引っ越して俺たちの家から二駅ほど離れた場所に住んでいる。 なんでも彼女の編集部が遠すぎるとか。
やっぱり二百万部を超えた大御所物書きは違うな。
『佐藤さん:お、なんだい? 遂に師匠からのお誘いが来るなんて』
『紗月:師匠になった覚えはないですけど少しばかり助けが欲しいもので』
彼女が言う師匠とは俺のことで、彼女は俺の書いたラノベに心を打たれたらしい。 素直に嬉しいのだが俺よりももっとすごい人なので不思議な気分になる。
『佐藤さん:わかった。 師匠にお願いされたなら一肌脱がなくちゃね』
この人の場合本当に脱ぎだしそうだから怖い。
『佐藤さん:あ、今手が離せないからうちにおいでー』
『紗月:わかりました。 お礼に没原稿持っていきますね』
こうして俺は図書館から真逆の駅へと歩を進めた。
はあ、変なことされないといいなあ。
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