大学生と日向

「流石にくっつくのはちょっと……」

「まあ気にするな。 私も恋する乙女とやらの気持ちが知りたいだけだ」

「それってどういう……」


 日向は部屋を出てからずっと俺の腕に抱き着き並行して歩いている。 そしてそのまま旅館の外にある小さい広場までやってきた。


 俺は普段なら絶対にしない行動をしている日向の意図を考えるのに精いっぱいで腕に抱き着かれていることに意識が向かなかった。 このことが未来にバレたら一日は口を利いてくれないだろうなあ。


「いやあ、次のイベントで出す本が普通の男女の恋愛がテーマでどうもヒロインの気持ちが分からなくて」

「嘘だな」


 ようやくわかった。 日向が部屋に来た時点で何か怪しいと思っていたけどやっと確信が持てた。


「日向、どうせ今は二人しかいないんだししなくてもいぞ」

「はあ、最初からわかってンなら言えよ。 旅行に来てからずっと気を張ってたからマジ疲れたんだけど」


 日向は見た目からは想像ができないほど低く暗い声で話し始めた。

 おお、切り替え早いな。 これが日向の姿、要は元の性格と言うわけだ。


「まったく大学に入ってからずっと疲れっぱなしだしマジダルいんだけど。 少しくらい息抜かねえと死ぬっつうの」

「だいぶお疲れみたいだな。 そんなに忙しいのか?」

「まあな。 でもお前のおかげで少しは楽できそうだ。 さっきだって今日の分書いてたンだろ?」


 どうやら日向のほうも俺のことがお見通しのようだ。 それもそうか、お互いに誰にもバレたことがないを見抜いたんだから。

 

「書いてはいたけどどのくらい書けばいいかわからなくて二万字も書いちゃったぞ」

「二万字だあ? すごいありがたいんだけど。 じゃあ今日は自由にしてな」

「ありがとな。 ただ誤字があってもそっちで直しておいてくれよ」

「はいはい、そンくらいは自分でやるっつーの」


 日向にデータの入ったメモリーカードを渡し、明るくなり始めた山を見つめる。


「なあ日向、なんで俺の前だけその性格なんだ?」

「ああん? お前に見破られたからに決まってンじゃん。 何言ってんの?」


 それもそうか。 ただ初めてこの口調で話したときは驚いたな。 急に、眼鏡女子が声を低くしてしゃべりだすんだもんな。


「そンでよくアタシの意図が分かったな」

「まあ疲れてそうだし様子からな」

「それもお見通しってわけか。 流石は海竜君だな」


 おそらく日向はこの性格上、友達の前では普通を装っているのだがこの旅行中一人の時間が少なくてストレスが溜まっていたんだろう。

 この性格でも根はやさしいんだから別に問題ないと思うんだけどなあ。


「もうそろそろいいだろ、お互い部屋に戻ろうか」

「おう、いい息抜きになった。 あンがとな」


 旅館に入ると同時に分かれ俺はまっすぐ部屋に戻った。


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