大学生の電話

 ロープウェイに俺たちが閉じ込められてから二時間が経った。 未来は待つのに飽きたのか寝てしまっている。


 暇だし雄二にでも電話してみようかな。


「あ、もしもし?」

「紗月から電話なんて珍しいな。 なんかあったのか?」

「ただいま絶賛閉じ込められてますー」


 俺は雄二から心配されるのが嫌で軽く言ってみた。 だってゴリラから過剰に心配されたら誰でも吐き気がするだろ。


「え!? どういうことだ!? お前旅行に行ったんじゃないのかよ!」

「その旅行中にロープウェイに閉じ込められたってわけ。 それで暇だから電話かけたんだよ」

「暇だからって…… 本当に大丈夫なんだな?」


 だいたい状況を理解してくれたようだ。 賢いゴリラだ、お土産でも買って帰ってやろう。


「そんで暇って言っても俺と何を話すんだ?」

「あ、考えてなかったわ。 なんかそっちのニュースとかないか」

「ニュースだ? そうだな、めでたく俺の時給が十円上がったくらいかな」


 こいつに暇つぶしを頼んだのが間違いだったな…… まあ、いいか。


「他には?」

「他って言ってもまだ夏休みも二日しか経ってないしなあ。 あ、そうだ!」


 電話越しにゴソゴソと何か動く物音がする。 なんだ?

 そう思っていると突然雄二側のカメラがオンになり、何か薄い茶色の物体が映っている。


「ちょ、暴れるなって。 紗月ー、うちのカフェに新しい店員が入ったぞー」

「すまん雄二、カメラが近すぎて何も見えん」

「りょーかい。 ほら、おいでって」


 少し間があり雄二がカフェの制服を着て胡坐をかいている姿が映し出される。 そのひざ元には雄二に抱きかかえられながら必死にもがいているトイプードルがいる。

 え? トイプードル?


「ゴリラ! 今すぐにその子を離すんだ! さもなくばお土産なしだぞ!」

「ええ!? すまんすまん、今離すわ」


 かわいそうに…… まだ子犬だというのにゴリラにつかまってしまうなんて……


「おーい、ゆーくん! 何をやって……」

「あ、先輩。 三日ぶりですー」

「電話中だったのか。 やあ紗月君! 可愛いだろう? うちの新しい店員は」


 ゴリラから解放され舞先輩に抱きかかえられて安心しきった表情をしている。 そうとう雄二のことが嫌いなんだな…… まあゴリラだから仕方ないか。


「帰ったらすぐに行かせていただきます! ああ、可愛い……」

「ところで紗月君。 なんか風の音が聞こえるけど君たちは今、どこにいるんだい?」

「えーと、空中で閉じ込められてます」

「な、なんだって!? 大丈夫なのか!?」


 舞先輩は雄二に詰め寄りながら聞いている。 別に俺と通話してしているんだから俺に聞いても良くない? バカップルめ。


「とりあえず大丈夫なんだよな紗月?」

「めっちゃ快適だぞー」


 ロープウェイ内は扉の隙間から換気されているし気温も山の中腹ということがあり比較的過ごしやすい環境ではある。 そのため待つ分には何一つ不自由がない。


「なら安心なんだけど…… 何か私たちにできることはないかい?」

「そうですね…… じゃあ犬の名前を教えてください」

「え、それだけでいいのか?」


 俺は舞先輩としゃべってるんだ。 頼む雄二黙ってくれ。


「この子の名前はレオにしようと思ってるんだよね! 紗月君はどう思う?」

「レオ君か…… いいですね! 帰ったら遊びに行くのでモフらせてくださいね!」

「いいとも! いつでもおいでー!」


 和やかな雰囲気になったところで電池が減ってきたことに気づき俺は電話を切った。 トイプードルか、早くモフりたいし復旧しないかなあ。

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