大学生の夏休み前
日もすっかり落ち、道には帰路に就く人が多くなってきた。
「ただいまー! ゆう君お疲れ様ー!」
陽気に店に入ってきた身長百五十三センチの小動物は雄二の彼女である舞先輩だ。
相変わらず小さいなあ。
「こんばんは先輩、ご無沙汰してます」
「おー! 紗月君と未来ちゃんじゃないか! 毎度ありがとねー」
先輩はバッグを置いてくるとそのまま俺たちが座っている席まで来てくれた。
「なんだい? ゆう君でも見に来たのかい? えへへ」
「雄二じゃなくて俺と未来は大学のレポートを終わらせに来たんですよ。 さっきまでは杏樹もいたんですが蘭ちゃんの勉強を見るそうで帰っちゃいました」
「そうかー。 杏ちゃんとは久しぶりだから会っておきたかったなー」
蘭ちゃんは杏樹の妹で今年高校生一年生になったばっかりだ。 蘭ちゃんはテストが近くその勉強を杏樹が見ているらしい。
先輩は杏樹に会えなかったことを悔しそうにしながらカウンターに置いてある出来立てのコーヒーを持ってきた。
「それにしてもなんで二人は残っていたんだい? レポートくらいなら私が帰ってくるまでに終わるんじゃないのか?」
「それはそうなんですけど…… 未来もいるし久しぶりにみんなで話したいな、と」
俺は思っていることをそのまま言った。
正直ゴリラはいなくてもいいのだが先輩には高校時代からお世話になっているし大学生活に関しても聞きたいことが多い。
「随分と嬉しいことを言ってくれるじゃないか! よし! 今日は私のおごりだ、ご飯を食べて行ってくれ!」
「「ええええええ、いいんですか!?」」
今までウトウトしていた未来まで驚いている。
いやだって、待ってただけでご飯が無料なんて嬉しすぎるだろ!
「よしきた! 俺の料理の腕を見せてやる!」
「雄二のならいいや、この店潰したくないし」
「なんで俺の料理で食中毒になるの確定なんだよ! 俺だってちゃんと修業したんだぞ!」
ちゃんと修業した、と言い張る雄二だが俺らって高校卒業してまだ三か月だぞ? いつの間に精神と何とかの部屋入ったんだよ。
「そこまで言うならお願いするけどさ。 お腹壊したら迷わず雄二個人で訴えるからな」
「おうよ! 腹が痛くなるほど食わせてやるよ!」
「やっぱバカだな……」
ゆう、ゴリラのバカさを再確認してから俺は未来を見る。 昼間にレポートを一気に書き上げたからかとても眠そうにしている。
「なあ未来」
「うんー? なにーつっくん」
「俺も今日から早く寝るな」
「うんー、それは良かったー」
俺もそろそろ大学生活に慣れなきゃいかないからな。 未来にばっかり迷惑をかけるわけにはいかない。
「なんだい? 君たちはまだ同居生活をしているのかい?」
「え!? 先輩なんで知っているんですか!?」
俺と未来が同居していることは高校時代から一部を除いて誰にも言ってなかったのに!
「それは、えーと。 ゆう君から……」
「……おい雄二」
声をわざと低くして俺たちのご飯の準備をしている雄二を睨む。 ついでにフォークも向けておこう。
「え、ちょ紗月。 フォークは人に向けるものじゃないぞ!」
「はあ…… 先輩。 今日のお茶代は雄二の給料から引いてください」
「りょーかい!」
「ええ! そんなあ……」
いや、当たり前だろ。 今は大学生になったからいいけど高校の頃からなんて人によっては通報されかねないことなんだから。
それにしてもよく一年以上も隠し通せてきたな……
「それにしてもよく隠し通してこれたね。 これも紗月君の人徳の顕れかな?」
「いやいや、俺にそんな人徳なんてないですよ」
だって友達は少ないし未来が彼女とわかった途端クラスメイトが異端審問とか言って襲ってくるくらいだからな。 決して人徳があったと言い切れないだろう。
「まあ友達と呼べる人たちには恵まれたかもしれませんね」
「さ、紗月君…… そんな臭いセリフを言うなんて意外だな……」
うん、俺も言ってて恥ずかしくなってきたぞ……
*
お腹いっぱいご飯をご馳走になり俺と未来は家の近くまで帰ってきた。 雄二の作った料理だったが今のところ体に異変はない。
よかった、これでお店を潰さずに済む。
「ふう、お腹いっぱいになったな」
「うんー。 おいしかったねー」
「もう限界か…… しょうがない、おぶってやる」
未来は疲れが限界のようでフラフラと道を歩いている。 それを見かねた俺は家までおぶって行くことにした。
「えへへー、つっくんありがとぉ」
「家まで寝てもいいから大人しくしていてくれよ」
幸い未来は少し頑張ってくれたので家までは約十分ほどだ。
明日が無事に終われば夏休みだなあ、と俺は未来をおぶりながら考えていた。
それにしても未来の奴少し太ったか? 重い……
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