第5話:酒場
私の目の前には、私の唄など聞いていない男達がいます。
次に出てくる女達を待ちかねている、そんな様子が手に取るように分かります。
これでも国一番の楽士唄手と呼ばれていたのに、本気でやっていないとはいえ、女にここまで惨敗するとは情けなさすぎます。
本当なら、このような惨めなお思いをする場所に居たくないのですが、この都市で起こっている事を調べるには、ここで唄い続けるしかありません。
どれほど惨めな思いを噛み締めようと、我慢するしかありません。
「素晴らしい唄だったわよ。
これほどの演奏と唄は、皇都の皇国歌劇団でしか聞けないわ。
今度は本気の演奏と歌を聞きたいわね」
私は心臓が口から出るかと思うほど驚かされました。
私に惨めな思いをさせている女達に慰められたのも嫌だが、それ以前に私の唄を皇国歌劇団と比較できる教養と、私が手を抜いている事を見抜ける眼力に。
私の事をどこまで見抜いているか、背中に冷たい汗が流れます。
この場で斬り殺してしまった方がいいのではないかと、一瞬考えてしまいましたが、それが不可能なのは、初めて会った日から分かっています。
私が本気で殺そうと思っても、何合かは剣を交える事とになり、その間に大勢の人間が集まってきてしまいます。
「買いかぶるのは止めてくれ、それに全力でやってこの程度だ。
あんた達の魅力の前には、小銭一つ投げてもらえない無様な吟遊詩人だよ」
私は自虐的な思いになって、思わず情けない事を口にしてしまった。
中堅どころの酒場だが、演奏料などほとんど出ない。
基本稼ぎは客が帽子の中に入れてくれる祝儀になる。
若い女が踊りや唄を披露する酒場では、男の踊子や楽士唄手は祝儀をもらえない。
それがこの国の現状で、このままでは代々伝えられてきた踊りや唄が廃れてしまうだろう。
「ふっふっふっふっ、こんなのは一時の事よ。
この国の人達が女に慣れてしまえば、直ぐに本物だけが生き残れる、弱肉強食の状態になるわよ。
貴男ならそうなっても生き残れるだろうけど、この国が落ち着くまでは隣国に行った方が稼げるでしょうね。
本当に貴男なら皇都歌劇団に入れると思うわよ。
まあ、堅苦しいのが嫌いな人には、皇族の前で演奏するのは嫌でしょうけどね」
この女は、本気で言っているのだろうか?
それとも、私をおだてて何か手に入れようとしているのだろうか?
いや、今の私をおだてても手に入れられる物など何もない。
あるとすれば、私の正体に疑念を抱いていて、警備隊に売って報奨金を手に入れる事だが、本当に私の正体に気が付いているのだろうか?
もしそうなら、調査は難しくなるが、この酒場から逃げなければいけない。
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