第4話:祭壇

 私は細心の注意を払って神殿内に侵入しました。

 普段なら、私の顔を知っている者がいるかもしれない都市には、近寄らないようにしているのですが、ある噂を聞いて居ても立っても居られなくなったのです。

 その神殿のある都市の領主子息が、女に狂って祭壇と聖なる母畑を破壊しようとしているという噂を聞いてしまったのです。


 男だけで子供を授かるには、神に奇跡を祈るしかありません。

 しかも、男同士の愛を認めてくださる数少ない神にです。

 それが叶うのは、大陸広しといえどもこの国だけです。

 この国にいる男カップルは神殿の祭壇で神に祈り、神殿の一室で愛を交わし、それが真実の愛と認められれば、神から子供を授かるのです。


 私が忍び込んでいるのは、中規模な都市の神殿最奥にある聖なる母畑です。

 キャベツによく似た外見の実の中で子供は育ちます。

 神に認められた瞬間、母畑に自分達の子供が芽吹くのです。

 朝から一生懸命働いて、仕事を終えたカップルがすくすくと育つ自分の子供を確認する、それが愛し合うカップルの楽しみなのです。

 本当によかったのです、祭壇も母畑も破壊されていませんでした。


「よかった、破壊されるというのは単なる噂だったな」


 あまりの安堵に、独り言が口から洩れました。

 情けない事ですが、独りで旅するようになって、独り言が増えた気がします。

 ですが、同時に言いようのない不安が湧き上がってきました。

 以前なら、母畑一杯に子供の実がすくすくと育っていたのに、今目の前にある光景は、九割が土剥き出しの状態です。

 以前なら、豊かだったこの国では、ほぼ母畑一杯に子供が育っていたのに。


「大丈夫か、今の内なら監視の目も緩やかだから、急いで神に祈ってくれ」


 若い神官が、同じく若いカップルを急かせています。

 これはどういうことなのだろう?

 愛し合うカップルが、子供を授かる神聖な祭壇で、こそこそと行動しなければいけないなんて、ただ事ではありません。

 どう考えても、何者かが子供を授かる聖なる愛の交わりを邪魔しているのです。

 祭壇を破壊するような表に出る行為ではなく、陰湿で卑怯な方法で、この国の根本を破壊しようとしているのです。


 本当は、事実を確認したら直ぐにこの都市を出る心算だったのですが、これでは出る事ができません。

 この都市で何が起こっているのかを確認しなければいけません。

 場合によったら、死を覚悟して事の元凶を殺すのか、それとも黙って見て見ぬふりをするのか、決断しなければいけないでしょう。

 詳しい事情を調べてからでなければ、何も決める事はできません。

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