本日のティータイム
──ピーッ。
甲高いホイッスルのような音が私を現実に引き戻す。
そうだった。お湯を沸かしていたんだった。
慌ててコンロの火を止め、ティーポットに注ぐ。十分に蒸らしてからカップに紅茶を淹れると、ふんわりと紅茶の柔らかな香りがした。
「どうぞ」
紅茶の入ったカップの一つを新田先輩の手元に置き、もう一つとポットを自分の席の前に置く。
「須藤はお茶を入れている時が一番真剣なんじゃないのか ? 」
「そんなことないです」
でも新田先輩に飲んでお茶だから、淹れるときに真剣になってしまうのは仕方がない。
「そうだ、今日はいいものがあるんでした」
今思いついたかのように、声を大きくして私は言う。
「五、六時間目が家庭科だったんです」
「へえ、お菓子でも焼いたの ? 」
「ええ。カップケーキです」
鞄の中から一つずつラッピングしてあるカップケーキを二つ取り出し、一つを手渡す。指先がほんの少しだけ触れ、温もりが流れる。どきり、と、大きく心臓が動く。
「ああ、ありがとう。美味しそうじゃないか」
「美味しいと思いますよ」
顔まで赤くなっているような気がして思わず下を向くと、濃いオレンジ色の水面にゆらゆらと歪んだ私が映っていた。
「ああ、美味しいよ。さすがだな、須藤は」
体中の血がわっと沸き立つような感覚になる。全身が熱くなって、言葉が出なくなる。何かしなきゃと思って、手元にあったカップケーキを口の中に入れると入れすぎてしまいむせてしまう。
「なんだ須藤そんなにお腹が空いていたのか」
「そ、そうですよ。ほら、美味しいカップケーキを授業中に作っていたわけですし、数学の課題とか頭使うので糖分がいりますし」
早口でいっきに言う。もう、ごまかせていないじゃん。
ティーカップを手に取り、急いで喉に紅茶を流し込む。優雅にティータイムのつもりだったのに、台無しだ。
そっとカップの縁から新田先輩のことを覗き見る。
美味い、美味い、と、言いながらカップケーキを口に運んでいる。表情は完全に緩みきっていて、まるで幼い子供のようだ。全校生徒の前でする微笑みとも、書類とにらめっこしているときの硬くて真面目な表情ともちがう。
そんな表情、反則だよ。こんな表情の新田先輩と一緒にいたら、私、どうにかなっちゃいそうだ。
空になったティーカップをそっとソーサーの上に戻す。
「コピー、取らなきゃいけないって言っていたの、これですよね」
早口にならないように気をつけながらそう言った。
「あ、ああ。須藤はもう休憩終わりか ? 」
「先輩はゆーっくり休んでいてくださいね。働きすぎです!」
「はいはい」
書類の束を抱えて、急ぎ足で印刷室に向かった。
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