第113話 それから
「それからどうなの?灰島君とは?」
お姉ちゃんが、私を試すように聞いてくる。
「どうなのって……別に何も……奏多君とは特に普通と言うか」
「普通って……あんたそれでいいの?」
それでいいかどうか。それは……
「正直、わからない」
「え?」
「奏多君は確かに仲がいいし、大事な人……なんだけど。その……うん……」
最近の私は、自分でもよくわからなかった。
奏多君に対しての視線はなんだか、自分でもわかるくらいに色気を出してしまっているし、奏多君に見つめられると少しドキドキするし。
一体どうしてしまったんだろう?と、私はお姉ちゃんに言ってみた。
「はぁ……そうだと思ったわ。あんた、自我を通すのは出来たけど、まだ流されやすいもの」
「うぅ……」
図星だ。図星すぎて反論も出来ない。その様子を察したのか、お姉ちゃんは……
「仕方ないわね……そう思って実は{自分の気持ちに素直になれる魔法のような何か}を送っておいたから、それを使って灰島君にアタックしてみたらどう?」
「魔法のような……何か?」
その後も適当に会話をした後電話を切る。それを待っていたかのように宅配便が来た。
段ボールを開けると、そこに入っていたのは……
「チョコレート……?」
ちょうど小腹が空いていたので、私はそれを一粒頬張ってみる。その、瞬間に……
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「ん?……あ、やべ」
カバンの中を調べていると、凛に渡すつもりだったクリアファイルを持って帰ってきてしまった。
「まずいな……空、ちょっと出かけて来る」
「うん、いってらっしゃ~い」
と、言っても歩いて2分もかからないのだが。凛の部屋の前にやってくると……
「?」
鍵が開いていた。あれ?不用心だな随分?俺はその扉を開ける。
「凛?入るぞ?」
そしてその視線の先に、凛はいた。
「あはははははははは!」
「!?」
「あはははははははは!奏多君!奏多君だぁ!あはははははははは!」
手をパチンパチンと、猿のおもちゃのように叩きながら爆笑している凛。顔はほんのり赤く、まるで見たことがないようなテンションになっている。
そして何より……ニコニコした屈託のない笑顔。
「ど、どうしたんだよ凛!?」
「どうしたんだよ?さぁどうしたんでしょ~か!はい、奏多君の答え?」
どこかのメガネをかけたとっちゃん坊やのような声で俺に聞いてくる。
「……えっと……なんだ?」
「あはははははははは!奏多君でもわからないことがあるんだね~!何だか嬉し~!」
なんだこれ……?普段の凛とは全然違う……何かあったんだろうか?
部屋の中を見回してみると、俺は机の上に置かれた箱を発見した。……チョコレート……?
まさか。原材料を見てみる。……洋酒!?酒が入ってるのか!?でも食べられた痕跡はひとつしかない。と、言う事はつまりだ。今凛は……
「チョコレートに入った洋酒で、しかも一個だけで酔ってるのか!?」
自分でも言っていてよくわからない。
「うへへへへ、酔ってらいよ~かにゃたくぅん」
そう言いながら俺に抱きついてくる凛。
「いや、絶対酔ってるだろ凛さぁん!」
「酔ってらいぃ!あはははははははは!」
酔ってるわ!100人中120人が酔ってるって言うわ!そう思う俺の気持ちとは裏腹に、凛は俺に甘えるように顔を振りだす。
「ちょっ凛……!な、何を……!」
「えへへへへ、奏多君の体、ガッチリしてて気持ちいい~。まるでプロレスラーさんみたぁい。そのままじゃーまんしゅーぷれっくしゅしてくれてもいいよぉ~」
「やるか!格闘ゲームじゃあるまいし!」
いや、格闘ゲームでもやらないわ!変なこと言うなよ俺も!
「と、とにかく水入れて来てやるから、離れてくれ!」
「やぁだ!離れたくないもん!」
く、くそ……思ったより凛の力が強い……そもそもこのチョコレートなんて、誰が持ってきたんだ……?凛はチョコレート買って帰るような奴じゃないし……
「そ~だ奏多君!」
「な、なんだよ急に」
「ちゅ~しよ!ちゅ~!日本語で言うせっぷん!」
「はぁ!?」
さすがにそれは全力で断る。酔った勢いでやるキスなんて、きっと酔いがさめた時後悔するからだ。特に、それが初めてなら、なおさらに。……凛が今までキスをしたことがない前提で話してるが。
「とにかく水入れてやるから、ちょっと待ってくれ!てか離してくれマジで!」
「えへへへへ、離れられないのだ~!運命のお相手ど~しらからね!」
「あーもう!勘弁してくれー!」
大声を上げる俺に、凛はなおもニコニコとしながら、今度はフラフラと家の中をウロチョロとする。何故か小躍りしながら。
にしても……こいつ酒に弱すぎじゃないか?チョコに含まれてる洋酒ってそんな量ないぞ……出来れば全然違う感じのこいつを録画しておきたいのだが、さすがにそれは凛の一生もののトラウマになりそうだ。やめておこう。
「か~なった君♪」
「ど、どうした?」
すると凛は突然受け身を取るように倒れ込み……
「ね~るっ♪」
「おい!?」
……叫びもむなしく、10分後。
凛は床の上でぐっすりと寝息を立てていた。酔って暴れて、今はぐっすり。まったく……世話の焼ける奴だ。
にしても、凛が酔うきっかけになったこの酒入りのチョコレートを持ってきた奴は一体……多分凛自身ではないだろう。
緑川?多分違う。あいつなんだか最近忙しそうだから、チョコレートを持って出歩く、なんてしないはずだ。
梓?違う。あいつは食いしん坊だが、こう言った酒入りのチョコは『いや~、そんなもの持ってくるわけないよ~。酔っぱらったら大変だも~ん』とか言いそうだし。
麗華?そんなわけがない。真面目が服着て歩いてる奴だ。酒の入ったチョコなんて買うわけない。
すず?あり得そうだが違うだろう。理由は特にないが。
『オレの扱い!?』
「……あ」
ふと脳裏に、ある人物の名前がよぎった。俺はその人物に電話をかける。
「もしもし?」
「なんであんなチョコレートなんて送ったんですか」
呆れたように電話先のゆかりさんを問い詰める。するとゆかりさんは……
「あ、バレた?」
あっさり認めた。
「{バレた?}じゃありませんよ!酒入りのチョコレート食べて、凛酔っぱらって大変なんですよ!?今は……寝てますけど」
その言葉を聞いたゆかりさんは、何故か『は?』と驚いたように言った。まるで『自分は無関係だ』とでも言いたいような口調だった。
その証拠に、こうも聞いてきた。
「なんで酔ってるの?凛……」
「なんでって……チョコの箱に書いてますよ。洋酒入りって。凛めちゃくちゃ酒弱いんでしょうきっと」
「あ、いや……それ、入れる箱がなかったから代用しただけで、中身{ゲルボボール}だよ?」
「……え?」
もう一度箱の中のチョコレートを見る。球体状の独特な見た目。手に取ってにおいを嗅ぐ。そして一口……
……うん。間違いない。
ただのゲルボボールだ。
だが、目の前にいる凛は、確かに顔を赤くして眠っている。……もしかして……洋酒と言う分量を見てアルコール入りと錯覚していたのか!?
そしてアルコール入りと錯覚したまま食べて、その空気に寄ってしまった……
だからどんだけ想像力豊かなんだこいつ!?
「でも、なんでこんなチョコレートを送ったんですか?」
「……あのね。これ、灰島君だから言うのよ?凛には絶対内緒だからね」
……10分後。
「う……」
目を覚ます凛。すぐそばに俺もいた。
「あれ?奏多君……どうしたの?」
「あ、いや。実はこれを届けに来たんだよ。さっき移動教室の時に忘れたみたいだが、渡し忘れてしまってな」
俺はクリアファイルを凛に手渡す。
「あ……ありがとう。うっかり忘れちゃったみたい」
「あぁ。そ、そうだな」
「?」
首をかしげる凛。
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「凛はね。多分今、苦しんでると思うの」
ゆかりさんが、電話の向こうで言う。苦しんでいるというのはどう言う事だろう。俺はゆかりさんの言葉をひたすらに待つ。
「今回の出来事で、ある程度{自分の意思を押し通す}ことは出来るようになったけど、{決断する力}を強くするのはまだまだ弱いらしくてね。{それから}が踏み出せないのよ」
凛は、昔と比べ大分垢抜けた気はする。だが、凛はそれでもまだ弱いとゆかりさんは言う。
決断する力……か。
「で、チョコレートでも食べて落ち着けって、そう言う事なんですね」
「そう。そのせいで灰島君に余計な迷惑までかけて、本当ごめんね」
「……それより、ゆかりさん、お聞きしたいことがあるんですが……」
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「ところで奏多君」
凛の言葉で意識が戻ってくる。
「なんだか、頭が痛いんだけど……風邪ひいちゃったかな」
「え?……お前、今日は元気そのものだっただろ。家に帰ってくるまで」
「それが……家に帰ってきてからの記憶がきれいに抜けちゃってるの。何も思い出せないというか……なんで布団着て寝てるかもわからないし」
……えっと?
つまり凛は、ノンアルコールのチョコレートを食べて、酔っぱらって、ちょっと寝ただけで二日酔いまでしている。と、言うことか。
どんだけ想像力豊かなんだこいつ!?
「あ、そうだ。せっかくだし奏多君、チョコレート食べる?お姉ちゃんから送ってきたんだけど……」
と、凛が立ち上がろうとした時、
突然凛がふらっとバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。
「あぶ……!」
それを大事そうに抱きかかえる。
「あっ……」
それだけで凛は、先ほどと同じように耳まで真っ赤になり、俺から離れた。俺から離れた凛は、左胸に手を押し当て、小動物のような目で俺を見つめる。
「ご、ごごご、ごごごご、ごめん、奏多君!」
「え?……別にいいけど」
……それにしても……
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「……さっきゆかりさんが言ってた{それから}ってなんの事ですか?」
「……」
無言のまま、電話の向こうでゆったりと歩き回っている様子のゆかりさん。そして……
「それは内緒だよ。まぁ、気付くのも時間の問題な気はするけど……でも、アドバイスをしておくね。半分は灰島君、半分は凛に」
「アドバイス……?」
「{ハッピーエンドって言うのは、自分の手で切り開くもの}だよ」
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俺に、その言葉をゆかりさんが発した意味はまだ理解できなかった。
問71.次のドイツのことわざを、日本語で答えなさい。
『良かれと思って行ってきたことが、悲劇的な結果を生むこと。大きなお世話』
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