第112話 未来への憧れ
「ただいま~」
「お帰りなさい」
家でお姉様を出迎える私。と、お姉様の手に何か握られているのが見えた。
「お姉様、それって……」
「あ、これ?同僚の先生に貰って来たんだ。ほら、もう6月でしょ?」
ブライダル会場の案内らしい。そしてお姉様の『もう6月でしょ?』と言う発言。……え?まさか……
「お、お姉様!?」
「違うよ麗華ちゃん……何想像したかはこの際知らなくていいけど。今度同じ学校の先生が結婚することになってね。アタシも出席することになったんだよね。披露宴」
披露宴……か。とにかくお姉様が結婚されないようでよかったのやら、よくなかったのやら。
私はお姉様が持ち帰ってきたその雑誌を手に取る。
「ん?興味あるの?麗華ちゃん。いいよ。アタシはもう読んだし」
「え?いや、そんな事は……」
と、言いつつ結局自分の部屋に持ってきてしまった。ページをめくっていくと、美しいチャペルを背景に、こちらを見つめるウエディングドレス姿の女の人と、タキシード姿の男の人がいる。
その美しさたるや、まるで芸術作品のようだった。私ではこんな姿……とても似合わないだろうな。
タキシード姿の男の人も、ウエディングドレスの女の人も、まるで屈託のない笑顔だ。
……これ、もしかして本当に結婚する人なのだろうか?
「結婚か……」
でも、私にドレスは似合うだろうか?そもそも……
いや、似合わない。似合うわけがない。い、一応プロポーションには多少は自信はある……つもりだが。
赤城さんなら似合いそうだ。世に言うダイナマイトボディだし。
って、私は何を考えているんだろう!?そもそも結婚するのはお姉様の友人!私たちは関係ない!
(※黒嶺が妄想で巻き込んでるだけです)
でも……もし、あの写真と同じように……
奏多さんと、結婚出来るなら、私は……
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「続いて、新婦様の御入場です!」
扉が開け放たれる。そこに、私は立っていた。白いヴェールと、白いドレスを着て。
そのままゆっくりと、バージンロードを歩く。正直緊張で死にそうだ。その先に、白いタキシードを着た奏多さんがいる。
ゆっくりと歩く。周りから拍手の波を受ける。その拍手の波の中に……青柳さん、赤城さん、緑川さん、白枝さんも。
そしてゆっくりと歩き、牧師さんの前で立ち止まる。
讃美歌が響き渡る中、私は流し目でそっと奏多さんを見つめる。それに対して奏多さんも、私の事をそっと見つめる。
……なんだか、照れくさくなってきた。
そんな私を尻目に、牧師さんは聖書を読む。そして……
「デハ、灰島、奏多サン、健ヤカナルトキモ、病メルトキモ、喜ビノトキモ、悲シミノトキモ、富メルトキモ、貧シイトキモ、コレヲ愛シ、コレヲ敬イ、コレヲ慰メ、コレヲ助ケ、ソノ命アル限リ、真心ヲ尽クスコトヲ、誓イマスカ?」
「……はい、誓います」
奏多さんが緊張した面持ちで言う。そして私の番。
「デハ、黒嶺 麗華サン、健ヤカナルトキモ、病メルトキモ、喜ビノトキモ、悲シミノトキモ、富メルトキモ、貧シイトキモ、コレヲ愛シ、コレヲ敬イ、コレヲ慰メ、コレヲ助ケ、ソノ命アル限リ、真心ヲ尽クスコトヲ、誓イマスカ?」
……言うんだ。言うんだ。
「は、はい……」
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・
「麗華ちゃ」
「誓います!」
「のわっ!?」
部屋にやって来たお姉様に、大声のダイレクトアタック。
我に返るまでには、10秒ほどかかった。……その後、私が咆哮したのは言うまでもない。
翌日……この日は学校も、アビスも休みだ。私はこの日を利用して、新しい文房具を買いに来る。
一体、なんで奏多さんの妄想にふけってしまったんだろう。たるんでいるのかな。私は自分に発破をかけるようにぱちぱちと頬を叩く。
それに、この日は休みだ。そんな偶然に奏多さんにばったり会うわけ……
「あれ?黒嶺じゃないか」
どうして。
「あ、奏多さんに……空ちゃん」
「こんにちは、黒嶺お姉ちゃん」
空ちゃんは頭を下げる。それにつられるように頭を下げる。
「空用に新しい4色ボールペンを買ってやろうと思ってな。それで今日、買いに来たってわけだ。お前もか?」
「あ、はい。私ももうペンケースが破れかけているので……」
「まぁ、布製は傷みやすいからな。空、ここでしばらく見てるか?」
え!?
「うん。あとでレジの前で落ち合おうよ」
えぇ!?
「わかった。黒嶺もそれでいいよな?」
私はしばらく呼吸を整えた後、静かにうなずいた。
奏多さんと2人で、店の中を探す。本当は破れかけの布製のペンケースなんて使ってないんだが、ごまかせたからいいだろう。
店の中には所狭しと文房具が置いてある。こう言った専門店には初めて来るので、なんだか不思議な感覚だ。
「やっぱりペンケースは、布よりプラスチック製がいいですか?」
「いや、布の方がいい。確かに布は経年劣化が早いが、プラスチックは何かの拍子で落としてしまったらすぐに傷が付いてしまうからな。で、黒嶺はどんな色が好きだ?」
……お姉様が言っていた。
『灰島君とどうなの?後れを取ってない?』
大丈夫。とっていない。今でもこうやって、2人きりで……
――で、『黒嶺』はどんな色が好きだ?
――『凛』『梓』『すず』
――『黒嶺』
取ってる!取りまくってる!?同じ学年で未だに名前呼びではなく苗字呼びなの私だけだ!?
奏多さんとは色々あったけど、ここまで大差付けて惨敗してる……!?
……いや、待って。取ってるからなんだろう。
私と奏多さんは結ばれなくたって……結ばれなくたって……
「おい、聞いてるのか?」
「!?」
突然の奏多さんの声に、私はびくりと肩を怒らせる。
「あ、はい!なんでございましょう!?」
「急に他人行儀になってどうしたんだよ……お前にはこういうの似合うんじゃないかって」
そこにあったのは、シックな黒色のペンケース。ファスナーの部分は金色があしらわれており、見た目的にかなり好みだ。
奏多さん……私を思って選んでくれたんだろうか。
「これ、いいです!私、気に入る、です!」
「なんでちょっと片言なんだよ。えっと値段は……そんな高くないな。これにするか?」
私がうなずくと、奏多さんは『自分の分もついでに買う』と言って再び探し始める。
そのペンケースを探す横顔から、目が離せなくなっている私がいる。
「ん?どうした?黒嶺」
こっちに振り向く奏多さん。私はその顔を見て、思い切って聞いてみた。
「あの、奏多さんって……{未来への憧れ}とか、そう言うのはありますか?」
「……?」
遠回しに聞きすぎた。奏多さんは『何言ってんだ?』と言った表情をこちらに向ける。
「あ、あの……こんな事を言うのもなんですけど、奏多さんって……」
「好きな人は……いますか……?」
え?え?え?
私、何を聞いてしまっているの……?
この流れで好きな人はいるかの質問なんて、まるで奏多さんに『結婚したいですか?』と聞いているようなものではないか。
さすがにデリカシーがなさすぎる。こんな事を言ったら、絶対奏多さんは怒って……
「……まぁ、いないけど……それがどうしたんだ?」
……え?
「そういや、空にもここに来る時に言われたな。{お兄ちゃんって、結婚する気はあるの?}って。もう6月なんだな。そういえば」
「そ、そうです……ね……」
しかも先を越されてたー!身構えて聞いてしまったのにすっごく恥ずかしい!
「……なぁ。黒嶺」
「え?」
「そんなこと聞くって……お前には好きな奴はいるのか?」
奏多さんの言葉が、まるで緞帳のように重く降りてくる。私の目の前にいるはずの奏多さんが、突然遠くに感じる。
好きな人はいる。……しかも、目の前に。でも、でも……
『あなたが好き』
という言葉が言えない。どうして?どうしてだろう。
「……」
私は、無言で首を縦に振る。
「へぇ。意外だな。お前って恋愛に興味なさそうに見えるけど」
「そう、ですかね」
「じゃ、そろそろ空のところに戻るか」
奏多さんは、驚くほどあっさりと話を切り上げた。
私に興味がないのだろうか。それとも私を気遣ってくれたのだろうか。
「あ、あの」
私は勇気を振り絞って……
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「奏多さん。私の事を……{麗華}と呼んでくれませんか?」
黒嶺の突然の要望は、俺に驚きと戸惑いを生み出した。
「……なんで?」
「え?……な、なんで、でしょうか……」
急にドギマギしだす黒嶺に、俺はあえて言ってみる。
「……麗華?」
「……!?」
すると黒嶺……麗華は少しはにかんだような顔をして、嬉しさを噛みしめているようだった。
……これだけで、嬉しいのか……そう言えば、麗華と緑川だけ苗字呼びだったからな……
家に帰ったあと、新しいペンケースを眺めながら考える。
――奏多さんって……『未来への憧れ』とか、そう言うのはありますか?
こう聞いた麗華の言葉は、どういう意図があるのだろう。そもそも何の『未来』なのだろうか?
確かに俺は、まだ進路はふわふわした感じのものしか決めていない。だがそのことを、麗華にはまだ言っていないはずだ。
だとしたら……未来……
――その昇陽祭の後夜祭、最後に皆の明るい未来を願うためにランタンを空に飛ばすんです!その時に手を握っていた男女は、幸せな将来が約束されるって噂があるんですよ!
……………………
――大丈夫か?
視線の先の影はこくりとうなずいて、俺の右手を支えに立つ。
――き、きれい……だな。
「……」
まさか、あの時の影って……?
問70.夏目漱石の前期三部作のひとつで、『三四郎』と『門』の間に入る文学作品のタイトルは何か答えなさい。
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