第108話 前売り券

「……」

 その日の夜、私は映画の前売り券を眺めながら物思いにふけっていた。

 短期で働く予定だったが、結局今なお働いているHISONで先週、共に働いている先輩のアルバイトの人からもらったものだ。

 だが、この映画のジャンルは……もう中間テストも近いから、今友達を誘うわけにもいかない……はずだし。


「……」

 でも、使わなかったら今度は先輩に申し訳ないしなぁ……

 私は仕方なく、あるメールを奏多君に送った。


 To:灰島 奏多

 From:青柳 凛

 Subject:いきなりごめん


 今度の土曜日、暇かな?( ・ω・)?

 映画のチケット貰っちゃって、よかったら一緒に見に行かない?なんて(^^;

 これは私のわがままだから、ダメなら断ってね。


 ピコン!


 To:青柳 凛

 From:灰島 奏多

 Subject:Re.いきなりごめん


 別にいいぞ。その日暇だしな。

 じゃあ、映画館の前で待ち合わせでいいか?


「え!?」




 と、言うわけで土曜日午後1時。


「ご、ごめん……待った……!?」

「あぁ、別に待って……どうした?息絶え絶えだけど」

「えっ……えっ……??」

 言えない……お姉ちゃんが送ってくれた服を着ていくか、それとも普段通りの服を着ていくかで出る寸前まで悩んだなんて……

 お姉ちゃんいわく、流行っているらしいが……どうだろう。こんな服を着たのは初めてだ。

 パーカーにジーンズ。赤城さんやお姉ちゃんなら似合いそうな見た目だが……

 お姉ちゃんに見せたら『ふうん。かっこいいじゃない』と言ってくれたんだが。


「か、奏多君。どう……かな。私のこの格好」

「ん?」

 奏多君は私の姿を見て……


「なんか、今日は冒険してるような格好だな」

「む……それどういう意味?」

「あ、いや、悪い意味じゃないぞ。その……そう言う攻めてるファッションも似合ってると言うか。なんか、お前の新しい顔が見れていいと言うか……」

 奏多君は少し困ったような感じで言った。……あまり感想を強要するものじゃないなぁ。


「それで?どんな映画なんだよ」

「!?」

 私は露骨に、怯えたような顔をする。そして奏多君と、懐に隠した映画のチケットを交互に見る。奏多君は『どうした?』と私に視線を向けた。

 ……うう、これは本当に奏多君と見ていい映画なのだろうか……先輩ということで仕方なくチケットを手にしたんだけれど。


「なんだよ。チケット持ってんのか。ちょっと見せてみろ」

「あっ」

「どうせお前のバイト先の先輩が見る映画なんだ。大人な映画なはずだし、構わ……」


『映画:キュリペアオールスターズ ~みらいのおうさまとかがやきのジュエル~』


 私と奏多君の時が、10秒ほど止まった。


 映画館に入ると、そこは子供連れでいっぱいだった。男子高校生と女子高生、私たち2人が明らかに浮いてしまっている。

 正直、この時点で若干帰りたかった。私自身の恥ずかしさではなく、奏多君を巻き込んでしまったことに。

 そもそも奏多君じゃなくて、別の女の子でよかったじゃないか。どうして奏多君……?


「と、とりあえずポップコーンでも頼むか?」

「そ、そうだね、うん。塩にしようか」

 と、ポップコーン売り場に並んだ……時だった。


「いらっしゃい!何のフレーバーに……し……ま……」

「……」

 何故かサングラスとマスクをかけた『店員さん』は、後ろ手に高速でメールを打ち始めた。そのメールには、こうとだけ書いていた。


『な ぜ こ こ に い る』


 私は大急ぎでメールを打ち返した。


『私のセリフだよお姉ちゃん!』


「え?……どうしたんだよ、凛も、店員さんも。塩Lサイズ、ひとつで」

「か、かかか、かしこまりました!」

 ……もしかして、私の事が心配でわざわざ京都からここまで来たんだろうか?いや、さすがにそんなはずはないし。

 そしてお姉ちゃんがポップコーンを奏多君に手渡す。

 ん?もしかして奏多君にはまだバレて……


「……それにしても、やっぱり姉って心配性なんですね」

 る!


「あ、あはは。まぁね。あははー」

 そしてごまかし方が下手くそ!




 そのままスクリーンに入る。真ん中あたりの席。ちょうどいい席だ。一番前は首が痛くなるし、一番後ろは音響に近いから耳が痛くなる。

 これから始まる映画が、子供向けの映画でなければ、なかなかにロマンチックなシチュエーション……


 ドクン……


「?」

 今の心臓の動きは……何?それにその前に考えてたのも……


「ん」

「あ、ありがとう」

 向けてきたポップコーンを、私は手づかみで受け取る。ポップコーン……いつ以来だろう。

 塩気と食感がたまらない。私は目を閉じ、じっくりとそれを味わう。そこで視線に気付き、奏多君の顔と私の顔を合わせる。


「ん?どうしたの?」

「いや……お前、あの修学旅行の時から変わったなって。何というか……感情豊かになった」

 そんな覚えはなかったのだが、奏多君が言うのだからそうなのだろう。

 でも……感情豊かになった……か。

 確かにさっき服の感想を聞いた時も……子供のように頬を膨らませてしまった。そこも『感情豊か』の延長なのだろうか?

 ……………………


『こんな風に変われたのは、奏多君のおかげなんだよ』


 その言葉が言い出せない。勇気がないから?違う。確信が持てないから?違う。

 じゃあどうして?


 それがわからない。


 私は本当に多く勉強をしてきた。気が付けば『麒麟児』と呼ばれるくらいに。

 私は考えれば、なんでも解ける。そう、考えていた。

 だが、目の前にある『答えが出るはずの問題』が、まったく解ける気がしない。

 ……どうして?どうしてなんだろう。その答えも出せない。なんで……?


 なん……で……?




 2時間の映画が終わり、私と奏多君はスクリーンを出た。

 映画の感想としては、うん。


『めちゃくちゃいっぱい出てきた女の子が、数の暴力で悪い奴をぶっ倒しただけ。終わり』


 そもそもあのキュリペアって何人いるんだ……?むしろあんな数の暴力で1人しかいない悪役をボコボコにするのって教育的にどうなの?など、言いたいことは無数にあった。(※すべて青柳 凛の個人的意見です)


「ご、ごめんね。奏多君、きっと退屈だったよね」

 無数の親子連れが、『キュリペア面白かったね』とか『キュリペアかっこよかったね』とか、感想を口々に言う。その声が波のように寄せては返す。

 そんな中、肝心の奏多君はと言うと……


「そうか?意外と面白かったけど。明日から起きて見てみようかな」

 ……あ、私、言っちゃいけないことを言ってしまったような……

 そしてスクリーンから出て、映画館を出ようとする私を見つめるひとつの視線……


「……」




 映画館を出ると時刻はすでに午後4時半。もう6月も近く、日もだいぶ長い。

 帰路につく私と奏多君。


「……」「……」

 会話が続かない。奏多君に話しかけるきっかけすら見つからない。

 でも……いや、だからこそ……


「奏多君」

 私は思い切って、奏多君に話しかける。奏多君はいきなりの声に面食らったようで、私の事を驚きの瞳で見た。


「今日は、ありがとう。私のために」

「いいっていいって。俺も息抜きしたかったしな。それにお前と2人きりで出かけるなんて、そんなないことだしさ。意外とお前、こういう作品に興味あるみたいだったし」

「え?興味なんてないよ。だって……」

「お前体の後ろから炎出るレベルで見入ってたぞ」

 ……え?そんな事……


 ……いや、ある。


 それはどうして?と言う問題には簡単に答えられる。答えられる……はずなんだ。


「そ、そんなことないってば!か、奏多君、からかうのはやめてよ!」

 そう、顔を赤らめながら言う。それは恥ずかしさだけではない。奏多君と視線が合うと……視線はすぐにすれ違う。


 ……あれ?どうしたんだろう?


「あ、私、ちょっと寄りたいところあるから、先に帰ってて、奏多君」

「おう、また月曜日な」

 私と奏多君は2人で手を振りあった。




「……」

 そして少し経ってから……


「お姉ちゃん。もういいよ」

 そう言うと、路地裏からお姉ちゃんが現れた。


「あはは、やっぱバレてたのね。ウチとしてはうまく隠れたつもりだったけど」

「聞きたいことはふたつだよ。どうして私たちの前に現れたのか、どうしてそうしておいて私を助けてくれなかったのか。教えてくれる?」

 それを聞くと、お姉ちゃんは大声で笑った。


「な、何がおかしいの?」

「それだよ。凛」

「え?」

「凛がそんな風に感情豊かに、{1人の人間}になってくれること。それをずっとウチは願ってた。凛が父さんに歯向かった時から、ずっとね」

 お姉ちゃんは笑みを浮かべたままさらに続ける。


「その感情豊かに慣れたのは、誰のおかげかしら?」

「お、お姉ちゃんには関係ないでしょ」

「はい0点。残念でした」

「はぁ?」

 でも、お姉ちゃんの言うとおりだ。確かに最近の私は、自分でも驚くほど感情豊かになっている。これはきっと……奏多君の……


 ドクン……


 また心臓が高鳴る。……これは何?いや、違う。


 『この感情』は……何……?


───────────────────────


「……」

 凛と別れた後、財布の中をチェックするゆかり。


「……」

 そして、夕日に向かってこう言った。


「よし!明日からしばらくおかずはキャベツだけね!」

 ちなみに何故彼女が京都から貧しくなる覚悟で東京に来たのかは……

 ……それはまたの機会に。




問66.『敢えて毀傷せざるは孝の始めなり』と続く、

『人の身体はすべて父母から受けたものであるから、大切にしなければならないということ』と言う意味のことわざを答えなさい。

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