第109話 身体髪膚これを父母に受く

「……」

 中間テストまであと数日と迫ったある日。俺は特に理由もなく遠回りして帰っていた。と言うのも、5人に渡した小テストの結果を見ながら帰っていたためである。

 凛、黒嶺はもはや心配ない。問題は梓だ。海外留学をすると言っていたのに、英語がまるで出来ないのはいろいろとまずいだろう……

 ……まぁ。出来てないのはもう1人いるんだが……(すずの事)

 緑川はまぁ問題ないだろう。全員進級して初めてのテストだから、まだわかりにくいところもあるが。

 だが、今日はどうしたものだろう。いい具合に勉強を切り上げ、みんなして帰ろうとしたら、


「いや……あたしはもう少し残って、調べ物が……」

 と、言っていた。緑川にしては珍しい……


「ん?」

 ふと、目の前にキャリーバッグを引き、スマートフォンの画面を見ながらキョロキョロとあたりを見回す女性がいた。

 髪は深緑。少し肌は焼けていて、右側にサイドテールにしている。服はダメージジーンズとノースリーブと……なかなかきわどい見た目だ。


「どうかしましたか?」

 俺が話しかけてみると……


『あの、お聞きしたいんですが、{ルーチェタワー二次}と言う建物がどこか知ってますか?』

 と、女の人がこちらに聞く。


『この辺りの地理、実はあまりわからなくて、ちょっと困ってるんです』

 そして俺は少し固まる。え?『さっさと答えろ』って?無理無理。英語だもん。

 確かに英語の点数は高くはあるが、日常的に話すのは無理だ。さすがの俺でも。でも、聞かれたから答えないとな……


「え……えぇっと……ご、ゴートゥーザ……」

「あぁ、ごめんなさい。ここ日本でしたね」

 突然の流ちょうな日本語に、俺は半歩ほど下がる。


「じゃあなんで最初英語で言ったんですか!?」

「あはは、ごめんなさい。世界中飛び回ってるとなると、今どこにいるのかもあんまりわからなくて」

 世界中飛び回ってる……?


「とにかく、{ルーチェタワー二次}ってところに案内してほしいんです。4年ぶりの日本で、どうなっているのかいまいちわかんなくて」

「あぁ、大丈夫ですけど……そこに何か用なんですか?」

「いえ、用はないですよ?昔住んでたから、今もあるのかなって」




 街の中を、その女の人と歩く。だが女の人は、かたくなに自分の名前を名乗ろうとはしなかった。

 間を持たせるように、俺は適当に話を振ったり、女の人から話を聞いたりする。


「へ~。つまり灰島さんはとても頭がいいんですね。なんて羨ましい」

「羨ましいって……でも、俺より頭のいい子もいますし、俺なんてまだまだですよ」

 それにしても、やたらと俺の事をほめて来るなこの人は。初対面なのに。

 しばらく経つと、ようやくルーチェタワー二次に到着した。


「あ……しまったな。そういやオートロックだから俺どうしようもねぇ……」

「オートロックですか。だったらワタシが」

 すると女の人は、あるものを取り出した。


「ん?」

 それは、潤一郎さんや緑川が使っていたオートロック用のカードキーだった。

 …………カード、キー?


「さぁ、行きましょう灰島さん」

「待て待て待て待て」

 俺は思わず手を広げ、女の人を呼び止めた。


「なんでカードキー持ってるんですか!」

「なんでって……ここワタシの家なんで」

 ワタシの家……?そう言うと、女の人はゆっくりと歩き出した。

 俺はそのまま、ついていくしかなかった。俺と女の人は、そのまま35階まで上がっていく。

 35階……?そしてそのままとある扉の前で立ち止まり、インターホンを押す。


 ここは緑川の部屋じゃないか!?


 そして扉が開け放たれると……


「おぉ!ひなちゃん!やっと到着したか!」

「ダーリン!ただいま!会いたかったわ!」

 いきなり潤一郎さんに抱きつき、キスまでもしてしまう2人。


「……」

 俺は何を見せられてるんだ。一周回って俺は冷静になった。


「よく無事だったねぇひなちゃん。4年ぶりの日本だったのに!」

「正直迷ったよ~!でも、そこにいるイケメンな男の人が、ワタシを連れてきてくれたの!」

「おお!灰島君!世話になったねひなちゃんが」

「アードウモ」

 正直熱量についていけない。俺は生返事をして、この熱が冷めるのを待つ。……が、その前に……


「イケメン……」

 その言葉が妙に引っかかった。まぁ社交辞令だろうが……


 べ、別にうぬぼれてないぞ!?


「紹介するよひなちゃん。彼が灰島 奏多君。麻沙美に出来た彼氏だ」

 笑みを浮かべながら言う潤一郎さん。……え?でもなんでこの女の人に言うんだ……?


「ま!本当にそうなの?!どおりでイケメンだと思った!ダーリンと麻沙美のお墨付きだもん!」

「もらってませんけど……」

 すると女の人は、こちらを振り返った。


「ワタシの名前は緑川 日菜子(みどりかわ ひなこ)。麻沙美がいつもお世話になっています」

「あっ……ど、どうも」

 つまり彼女が……緑川の母で、潤一郎さんの……嫁?若々しいなおい……

 確か凛が去年言っていたのは、日菜子さんはキャビンアテンダントだったはず。4年ぶりの日本。と言うのはそう言うことか。

 日菜子さんはそのまま、家の中に入っていく。と、同時に違和感。


 緑川はこんな日に、なんで学校に残るなんて言ったんだ……?


 4年ぶり。と言うのだから久しぶりの親子の再会だ。普通なら喜ぶはずなのに。緑川はこんな日に早く帰る……どころか居残り。調べ物と言っていた。

 俺はあまりに気になって電話をかけようとするが、その前に……


「そういやダーリン。麻沙美は?」

「そう言えば今日は帰りが遅くなるとも言っていないのに、随分と遅いな」

 考え込む2人に、俺は付け足す。


「緑川なら、今日調べ物があるって学校に居残りしてますよ」

「そうですか……それは残念。ところで灰島さん」

 と、カバンから何か出す。


「キミはいつ、麻沙美と結婚するんですか?」

「お前もかよ!?」

 つい『お前』と言ってしまったが、この緑川家は頭がお花畑しかいないのか!?日菜子さんの手には結婚式場の案内が書かれた『June Bride』と書かれたパンフレットが。

 唖然としながらその様子を見ていると、日菜子さんはニコニコとしながら部屋の中を走り回る。


「だって、ワタシたちが手塩にかけて育てた麻沙美がようやく掴みかけた大チャンス!簡単に手放したくありません!それに、ダーリンから聞いたんですよ?{必ず結ばれる}と言うジンクスに選ばれたって!」

 緑川、舌抜かれろ。地獄に行かずとも今舌抜かれろ。

 噂が広がるのは早いものなんだな……とはいえ、この話は潤一郎さんも信じている。ここは話を合わせないと……まずいよな。


「え、えぇ……まぁ……でも、進級してからこれからの事を考えないといけないので、最近はあまり」

「「これからの事!?それはやっぱり結婚の事かね(ですか)!?」」

 なんでそうなる!


「あ、あの……進路、です。俺もそろそろ進路決めないと、そちらにも迷惑掛かるかも知れないので……」

「ふむ!それなら心配せずともいいよ灰島君!私の元で働いてくれれば、一生食いっぱくれはないと約束できる!」

 だからなんでそうなる!

 最近潤一郎さん、他人の話を聞かないことに拍車がかかってないか……?


「でも、まさか麻沙美が……あれほどワタシにとって{特別な存在}だった麻沙美が……大きくなったものね」

「?」

「特別な環境に負けないように、特別な教育法で、特別な存在に育てることが出来て……よかった」

 また違和感。なんだ?『特別な存在』?


 ――あたし……普通の女の子として過ごしたくないんです!


 緑川は初めて出会った時、確かにそう言っていた。そして普通と言うのは緑川にとってコンプレックスだったはず。

 なのに日菜子さんは、そんな緑川を『特別』と連呼し太鼓判を押している。

 親子2人で……温度差がありすぎないか……?


「あれ?灰島さん?聞いてますか?」

「あ、ご、ごめんなさい。ところで友人から聞いたんですが、キャビンアテンダントなんですよね。お仕事大変じゃないですか?」

「そうなんですよ。今回も久々に休暇をもらったんだけど、3週間後にはまた日本を立たないと行けないんです。だから、それまでに麻沙美の晴れ姿を見たいなと思って……」

 『思って……』じゃない!

 まぁ、確かにこの夫婦から見たら俺と緑川は付き合っているんだ。多少気がはやりすぎな気もするが、想像するのも無理はない(のか?)。


「今日は麻沙美のために、おいしいものを食べさせたり、欲しいものも買って来たのに」

「え?」

 するとキャリーバッグを開き、中身を見せつける。

 中にはまるでまばゆいばかりの最高級の食材が入っていた。それぞれが丁寧に保冷され、運びやすいように小分けにされている。

 その中で目に入ったのはトリュフ。切られていないトリュフは初めて見た。


「特にフォアグラやトリュフ、あの子の大好物なんです!」

「いやさすがにセレブがすぎ……」

 ……待て。


 ――でもあたしフォアグラもトリュフもあんまり好きじゃないんですよね。


 すずから聞いた限りでは、緑川はそう言っていた。でも日菜子さんはこう言っている。『あの子の大好物』。

 なんでこんなに矛盾が発生しているんだ……?


「仲が……いいんですね」

「あの子がワタシになついていますから!{身体髪膚しんたいはっぷこれを父母に受く}それが麻沙美の座右の銘ですよ!」

 日菜子さんは笑みを浮かべながらそう言う。


 ……なんだ?この猛烈な違和感……


 日菜子さんに邪気は感じられない。悪意も感じられない。それは当たり前だ。彼女はきっと、愛する娘のために善意でやっているのだから。

 そう、傍から見ればそうなのだが、俺はそれに猛烈な違和感を受けずにはいられない。

 

 その日菜子さんの『善意』が、緑川には一切届いていないからだ。


 それに日菜子さんが言った緑川の座右の銘も、何か違和感がある。そんな座右の銘があるとするなら、わざわざ日焼けサロンに行って親からもらった体を焼くという行動は起こさないはずだ。

 だとするなら、緑川が学校に残った理由は……


───────────────────────


 午後7時。あたしは自分の家に帰ってきた。


 ……本当は帰ってきたくなかった、自分の家に。


「おお!お帰り!麻沙美!今日はずいぶん遅かったんだな!」

「麻沙美~!久しぶりね!」

 お父さんとお母さんがあたしを出迎える。……お父さんと、お母さん……


「……ただいま」

「本当は灰島 奏多君も来てたんだけど、ついさっき帰っちゃったのよ。ダーリンの言うとおり、イケメンだったわ!」

「はっはっは!私の目に狂いなんてあるはずがないんだよ!ひなちゃんのお墨付きももらったし、いよいよプロポーズ大作戦だね!」

 2人で盛り上がるお父さんとお母さんに、あたしは何も言わずに部屋に入る。


「……」

 そしてあたしは、久々にあたしが小学校、中学校の頃のアルバムを開く。

 アルバムには、笑顔のあたしと、お父さんとお母さんが映っていた。


 ……それ以外には、誰も映ってはいなかった。


 ――お前はいつだって特別なんだろ?羨ましいなぁ。

 ――普通の小学生の給食なんて、舌に合うの?

 ――すごい!色んな所に行ってるんだね!羨ましい!


「……お母さんなんて……」

 あたしは少し乱暴にアルバムをパタンと閉じ、そのまま元の棚に直した。




問67.書籍や記事、脚本などの代作を生業とする著作家のことを何というか答えなさい。

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