第95話 青き柳と夢の行く先(3)
そして男は話を続けた。
兄、青柳 宗悟、父、青柳 武志には複数人の配下がいるという事。
その複数人の配下が、青柳 凛、そして青柳 ゆかりさんを探し出し、場合によっては排除する覚悟も持っている。という事。
「本当の意味で排除って……どういう意味だよ!?」
白枝が動揺したように聞く。その答えを……俺は知っている。
「{ほとぼりが冷めるまで倉庫に閉じ込めて、表舞台から消す}大方そんな感じだろ?」
「……!?なんで……」
『なんで』それは答えだった。
それを言った男は、失言に気付いたのか、体を震わせた。
「詳しく聞かせてくれ。なんでそんなことをする必要があるんだ?」
「す、すまん……さっきも言ったが、詳しくはわからないんだ」
「……そうか。じゃあ、青柳 唯さんの事でわかることを聞かせてくれ」
と、俺が聞こうとした瞬間、
「やめて!」
声を出したのは青柳だった。その声に部屋に張られた緊張の糸がピンと張り詰める。
「……もう、いいから。奏多君も……白枝さんも……」
それだけ言って、青柳は部屋を出て行ってしまった。
「お、おい!?」
慌てた様子で青柳を見つめる……ことしか出来ない。それは、青柳の悲愴感に負けたから、ではない。
……何も思い浮かばなかったからだ。
青柳を助ける方法も、青柳を立ち直らせる言葉も、青柳を青柳でいさせるための、声も。
刹那沈黙が続いた後、白枝は男を立ち上がらせる。
「とりあえずこいつ突き出してくるわ。これ以上聞きだせなさそうだし」
「な!?突き出すだと!?ちゃんと話したじゃないか!?」
「バーカ。人の部屋入った。人を連れ去ろうとした。立派な犯罪だろうが」
「あ、確かに……」
そして白枝が男を連れていき……俺だけが部屋に残った。
「……」
そしてそのまま時間だけが過ぎていく。こうしている間に青柳は……何をしているんだろうか。
・ ・ ・ ・ ・
いや、ちょっと待て!?ここは女生徒の部屋だぞ!?こんな場面もし無関係の女生徒に見つかったら……
……あ、終わるな、これ。
そう思っているうちに……食事を終えた(で、あろう)女生徒たちがこの階に戻ってくる。
「……!?」
俺はたまらず、部屋のドアを閉めて、そのドアの前に座り込んだ。
いや、悪く思うなよ。白枝、青柳……もしここで見つかったら青柳どころじゃなくなっちまうんだ……
部屋の中を見ると、4人分泊まれる部屋だ。確かあの4人なはず。早く戻ってくれるといいんだが……
ドンドン!ドンドンドンドン!
「!?」
突然部屋をノックする音。この部屋の誰か?違う。それならこんな激しくノックしなくて大丈夫だから。
「白枝さん!青柳さん!いるっすか!?」
この声……確か北斗 都って子の声だ。赤城の友人の。
だとしたらますます開けるわけにいかないだろう。もし俺が赤城の部屋に忍び込んでた(言い方)なんてバレたらどうなるか。
「白枝さん!?青柳さぁん!?」
ノックの音が早くなっていく。いや、開けちゃダメだ。
「……あれ~?みやみや、何してんの~?」
赤城の声!?なんかめんどくさい事にならないか!?
「あぁ!梓ネキ!おなかは大丈夫なんすか!?」
「え?何が?全然大丈夫だよ~!れいれいは……あれだけど」
「うう……食べすぎました……気持ち……悪い……」
いや、何の話をしてるんだ?……って、まさか……あのすき焼き……
「それが、部屋の中に誰かいるみたいなんすよ。扉叩いても誰も出てこなくて」
「え?りんりんなわけないしな……すずっち?」
ドンドン
「すずっち~?ドアの前でどったの~?」
「……」
「あぁー?梓かぁ?ちょっと部屋の中にチュパカブラが出ちまってよぉー(CV:俺)」
「なぁんだ。チュパカブラかぁ。だって、みやみや!」
いや、-100点くらいのモノマネでごまかせるわけが……
「そっすか!だったらよかったっす!じゃ、ウチは部屋に戻るっす!」
……あってしまった。
「……」
手を振る赤城。そして……
「で?奏多君、何してんの?」
「!!?」
「あ、やっぱ奏多君だ」
「ち、違う!赤城!黒嶺!これには深い事情が……」
「いいですよ。事情は大体察してます。……けぷ」
黒嶺は多少太ったレベルに見える。まさか。
「あたしが食べるって言ってたのに、れいれい、無駄にがんばっちゃうから……お肉何枚食べたよれいれい……」
「残す方が失礼じゃないですか……」
部屋の中を見回す赤城。
「ところで奏多君。りんりんとすずっちは?」
「かくかくしかじか」
「なるほど……つまりこのホテルの中に、その青柳 宗悟と青柳 武志に内通している人物がいると」
はっとする黒嶺。
「いや、ちょっと待ってください。だったら今、青柳さんは1人なんですよね……!?」
「!?」
俺は大急ぎで部屋を飛び出した。
1階に降りてくると、ロビーには長谷川先生がいた。エレベーターに向かって歩いていたので、部屋に戻ろうとしているんだろうか?
「お、灰島?腹の調子は大丈夫か?さっき黒嶺から聞いたんだが、お前と白枝と青柳、ほとんど夕食残してしまったらしいじゃないか」
すき焼きを残してしまったが、黒嶺が言い訳をしてくれたのか。ありがたいが……とにかく今はそれどころじゃない。
「長谷川先生。青柳を見ませんでしたか!?」
「青柳?そういやさっき{外の空気が吸いたい}って、外に出てたな。{暗いからすぐに戻れよ}って言ったんだが、あれから5分経つな?」
「!?」
猛烈に嫌な予感がして、俺は大急ぎで外に向かって駆け出す。
外は分厚い雲がかかっていて、今でも涙が零れ落ちそうな空が天に広がっていた。
その空の下に……
「……」
青柳はいた。こちらにはまだ気づいて……
「……奏多君も、意外と諦めが悪いんだね」
と、こちらを向かずに言った。
「……お姉ちゃんから、何を聞いたの?」
「お前の夢の事、お前を気にかけてるって事、お前の母さんの事、……お前が、俺と同じ清音高校に通ってたって事。そして……お前の母さんの事件の調査を依頼したのが……お前の姉さんって事」
「……今更何の用なんだろう。お母さんの事、もう忘れてるはずなのに」
……静かだ。互いの声と呼吸の音、俺の心臓の鼓動の音しか聞こえない。
「……いつまでもお父さんに縛られてばかりで……夢なんて、何もなくて……それで……」
「なぁ、青柳、落ち着いて聞いて欲しいんだ。お前の姉さんは」
その瞬間に、
「姉さん姉さん言わないで!」
青柳の言葉が、放たれた矢のように飛んできた。
「ずっとずっとお父さんに付き従って、お父さんのやることが全部正しい、お母さんは間違いだった!そんなことをずっと言ってきて、今更お母さんに対しての事件を調査してくれ?虫が良すぎるよ!私の事もお母さんの事も、あれだけバカにしていて、それなのに……きっと裏があるに決まってるよ!」
青柳の金切り声は、京都の夜空にむなしく響く。
「私の夢の事なんて……どうでもよかったんだよ。私の夢も……お母さんも……!お父さんに縛られてばかりの人の言う事なんて、信じられないんだよ!」
「……」
――あの子は母さんが亡くなったことを受け止められなかったみたいでね……
……俺はあくまで、青柳を刺激しないように、そっと言い始める。
「お前はどうなんだよ」
「……え?」
突然の反論に、青柳の瞳孔が開くような声。その空白を隠すように、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
「お前こそ、父親への恨みと、母親への無念と、自分への劣情で縛られてるんじゃないか?周りが見えないくらいに」
「……」
涙を瞳に貯めながら、こちらを見つめ……
「……怒るよ。奏多君」
精いっぱいの強がりな顔をした。
「……怒ればいいだろ」
「お姉ちゃんの言う事を真に受けて、それで私の生き方と母さんの命を遠回しにバカにして……何がしたいの!?」
すると俺は、あるスマホの写真を見せた。
「……!?」
ゆかりさんの靴だった。あの時スマホを取り出し、緑川に電話をかける前に、こっそりと撮影していた。
ボロボロになった水色のくすんだ靴。それを見た瞬間、青柳の顔にはっきりと動揺が見えた。
まるで仮面を脱ぎ捨てたかのような、表情の変わり方に俺も少し足がすくむ。
「こ、この靴……母さんが買った……!?」
「違和感があったんだよ。ゆかりさんも陸上選手。靴には人一倍気を配らないといけないはずだ。なのになんでゆかりさんが、こんなボロボロの靴を履いているのか、ずっと引っかかってた」
「お姉ちゃんの靴なんて……見えなかった……家で履き替えたの……!?」
「バカ言えよ。お前の兄貴とゆかりさんは敵対してるんだ。いつそのお前の兄貴が帰ってくるかわからない現状、履き替える暇なんてあると思うか?……そしてお前はやっぱり、何も見えてなかったんだな」
青柳の動揺は、脳を通して体全体へと行きわたっていく。そこへ……
「あと、なんでお前の卒業文集に書いてあった将来の夢を知ってたかわかるか?」
「それも、お姉ちゃんから聞いたの?」
「あぁ。ゆかりさんは迷うことなく、お前の卒業文集を手に取ってたんだ。本当にお前をどうでもいいと思っているなら、もっと探すのに手間取ってるはずだろ」
しばらく雨音しか聞こえない。
髪や服は濡れるが、そんな事はどうでもいい。
「……わかってるよ」
その効果音を切り裂くように、青柳は話し始めた。
「わかってるんだよ……自分が、意地っ張りで、頑固で、どうしようもない人だってことくらい」
うつむきながらそう言う。雨が彼女に、さらに容赦なく降り注ぐ。
そのまま動かなくなる青柳。
「……だけど……もう時間なんてない。私に残された選択肢はひとつだけだよ。お兄ちゃんかお父さんの仲間がこのホテルの中にいる。だからいつ、次の敵が来るかもわからない」
残された選択肢はひとつ。その言葉に緊張が走る。
だが……俺は……
「……ごめん、奏多君。君を……君たちをこれ以上巻き込んで、迷惑をかけるわけにいかないから、私は……」
そのまま歩き出そうとする青柳に対し、俺は腕を伸ばして掴んだ。
「待てよ……」
「待てよ!{凛}!」
……青柳……いや、凛の事を、今度ははっきりと名前を呼びながら。
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