第94話 青き柳と夢の行く先(2)

 宿泊先のホテルにやってくると、そのエントランスに先生が仁王立ちしていた。3年になって新しい担任の先生になった長谷川先生だが……


「……」

 普段から厳しい先生だが、さすがに顔が鬼のようになっている。……いやまぁ、そりゃそうか。集合時間に現れなかったわけだし。


「じゃ、ここは任せて」

 と、ゆかりさんの声。


「灰島ぁ!お前何……を……ん?」

 長谷川先生が顔をこちらに向けると、すぐにゆかりさんに気付いたようだ。そして……


「え?あの……どういう関係で?」

「なんでそんな発想になるんですか」

「そんなことより!何やってんだお前は!集合時刻に間に合わないどころか、女の人まで連れ込んで!」

 手を挙げるゆかりさん。俺は半歩ほど下がる。


「ごめんなさい。ウ……わたし、この辺りの地理に詳しくなくて、この人に道案内してもらったら、随分遅れてしまったようで……ホテルの名前を知っていたからよかったですが、修学旅行と知らず、申し訳ありません」

 と、頭を下げる。


「えっ……そ、そうだったんですか。灰島が言わせてるわけがないし、こちらこそすいません。それと灰島。疑って悪かったが、それならそうと連絡くらいしておいてくれ。電話番号、しおりに書いておいたのだから」

「すいません。必死になりすぎてまして」

 とにかくこの場はゆかりさんのおかげでどうにかなった。もう一度会えたら感謝しないと。




 夕食、俺たちは食事のため集まった。


「奏多君」「奏多君!」「奏多さん!」「奏多!」

 4人が口々に迎え入れる。もうシャワーでも浴びたのか、京都に来た時と少し服装が変わっている。


「……悪い」

 真っ先に口を割って出たのは、その言葉だった。


「まったくです。長谷川先生や色んな先生を説得するの骨が折れたんですからね」

「それで、よく無事だったな。奏多も。青柳から聞いたけど、長身の女を追ってたんだろ?」

 ガクガクと震えているのは、青柳だった。長身の女。の時点ですでにトラウマなのだろうか?

 そんな青柳に気付いたのか、赤城がそっと手を添え『大丈夫?』と声をかける。青柳は何も言わずにこくりとうなずいた。


「……」

 とりあえずまずは、ゆかりさんが青柳の敵ではないことを伝えないと……俺はひとまず、4人に起こったことを話すことにした。


 まず、青柳家が総出で、青柳 凛を青柳家に連れ戻そうとしていること。

 長身の女……青柳 ゆかりさんはそれに反対していること。

 青柳家の兄は、2人の妹の排除も辞さない姿勢を見せていること。


「排除って……本気!?家族だよ!?」

「あぁ、それがあいつの考えだ。はっきり聞いた俺が言うから間違いない」

「その女の口から出まかせって可能性は……なさそうだな。そもそも赤の他人の奏多を家族総出でハメたところで、手間かかるだけだしな」


 カシャッ


 と、用意されたすき焼きに写真を撮りながら言う白枝。

 ……そうだな。本来はこんな風に、俺も余裕を持って修学旅行を満喫したかったな……


「……あと、青柳、すまん」

「え?」

「お前の実家のお前の部屋……入ってしまったんだ」


 ・ ・ ・ ・ ・


「「「は?女の子の部屋に入るとか、何考えてんの?」」」

「なんでお前らが殺気迸らせるんだよ!しょうがないだろゆかりさんに連れられちまったんだから!」

 咳払いをする俺に、再び視線が集まる。


「お前の夢、学校の先生になることだったんだな」

「……お姉ちゃんから、聞いたの?」

「あぁ。そしてお前の文集にも載ってた。お前はお前の母さんが学校の先生だったから、その夢を継ぎたいんだろ?」

 その言葉に無言になる青柳。……この無言は……肯定だ。


「青柳さんのお母さんって……え?まさか」

「あぁ。青柳 唯。あきら先生が追ってる、8年前過労死した教師だ。京都のとある高校でいじめに遭ってて……」

 それを聞いただけで、青柳は、突然立ち上がって……


「やめて!」

 と、激しく取り乱す。同時に周りの生徒たちの視線が、鋭く飛んでくる。まるでトゲが張り巡らされた壁で囲まれたかのように。

 その視線を察したのか、青柳は再び座る。


「……だ、大体……今更夢なんて言えないよ。お姉ちゃんに誘拐されかけたのは事実だし、今更お姉ちゃんを信じることなんて出来ない」

 そして落ち込んだような顔をする。……その悲愴感は、どう表せばいいだろう?


「じゃあ、お姉様に訴えを出したのもゆかりさんですか?」

「あぁ、間違いない。本人が言っていたからな。そして青柳家の狙いはおそらく、青柳 唯さんと言う存在をこの世から消し去ることだ」

 そう言っても、青柳はこちらを向かないし、こちらと目線を合わせようとしない。


 ――あの子は母さんが亡くなったことを受け止められなかったみたいでね……


 そして、今も『現実』を受け止めることが出来ない。いや、受け止め『ようともしない』のが正しいのかも知れない。


「……」

 その空気を察した赤城が……


「あ、お肉煮えてきたかな?」

 と、箸を伸ばす。


「あ、お、おい!あんま肉ばっかり食うなよ!野菜も食わねぇとダメだぞ!」

「ほ、本当ですよ!白菜食べましょう白菜!あとお豆腐も!」

 いつも食ってるすき焼きとは見た目から違うからな……まぁ、みんな食べたくなるのもわかる。

 ……いや、違うな。みんな空気を読んでるんだ。青柳と……そして俺のために。


「……」

 しかし青柳は、その4人の姿を見ると……立ち上がり、どこかへ向かう。


「青柳……?」

「……ごめん。ちょっと、部屋に戻る……」

 と、青柳は食事場を出てしまった。その背は、まるで話しかけることを拒んでいるようだった。


「……」

 すると白枝も立ち上がった。


「白枝?」

「オレも部屋戻るわ。別にそこまで腹減ってないし。最悪オレ用のお土産食うしな」

 そして食事場には、俺と赤城と黒嶺、3人が残された。

 マイペースに肉を食べ続ける赤城、5人分の肉を見てどうしようか途方に暮れる黒嶺。

 ……なんで……だ?なんで……こうなるんだ?

 修学旅行って言うのは、もっとみんなでワイワイ騒げるはずだし、もっとみんなで……

 これじゃあまるで、青柳だけ別のイベントに参加しているみたいじゃないか。


「「「………………」」」

 沈黙が重い。時間が長い。鍋の煮える音がむなしい。周りの生徒たちの声が……とても静かに聞こえる。


「……なんで、だろうね」

 おもむろに口を開けたのは、赤城だった。


「なんで……りんりんなんだろうね。こういう目に遭うの。……あたしでよかったのにさ」

「……」

 と、その時……


「ん?」

 ゆかりさんから?俺はそのメールを開く。


「!?」


『気を付けて、灰島君。キミがいるホテル。兄さんの仲間がいる』


───────────────────────


 ……一方、こちらは青柳の部屋……手前側のベッドの掛布団が膨らんでいる。

 そこにやって来た、謎の男。


「……」

 そして縄をかけようと、膨らんだベッドに近付いて……

 手にした縄を開きながら、ベッドの掛布団をめくり上げた瞬間、


「覚悟し……ゴハッ!」

 ……それより先に、『オレ』の右腕が飛んだ。


「悪かったな。かわいい青柳 凛ちゃんじゃなくて。……聞いてねぇか」

「し、白枝さん……」

 備え付けのクローゼットから青柳が出てくる。


「大丈夫だ。急所を狙うほど馬鹿な真似はしねぇよ。……ボクシング部に入ってたのが、こんなとこで役立つとはな」

 手を開き、パタパタと軽くはたく。オレは男から縄を奪うと、それを伸びている男の腕と体に巻き付け始めた。


「……いつから、気付いてたの?」

「京都に来た時からだ。これでも動画撮る上で周りの迷惑考えてっから、人の動きや気配には敏感なんだよ。で、オレらが京都に来た時から、こいつはオレらを付けてたってのも、わかってた」

 そして男の体を起こすと、両手で男の首筋を軽くばちんと叩く。男がだるそうな顔をこちらに向ける。


「なっ!?{失敗作}!やっぱりここにいたのか!」

 オレはすぐに男の首根っこを掴む。


「おい、いきなり{失敗作}はねぇだろ?人の事を見て」

「な!?お前じゃない!あいつに言っているんだ!武志さんや宗悟さんの事を無視し、やりたいことをやるあいつの事を批判して何が悪い!?」

 血走った顔でオレの事を見る。そこへ……


「青柳!白枝!無事か!?」

 奏多もやって来た。


───────────────────────


「あぁ、無事だよ。今まさにこいつから話を聞いてたとこだ」

 ガクガクと震える青柳と、澄まし顔で男に視線を送る白枝。そして見覚えのない男。

 修学旅行とはいえ、ホテル丸々貸し切りではない。他の客がいるのもおかしくはないが……この男は脚じゃないとすぐにわかる。

 目出し帽が部屋に置いてあるし、何より青柳を見る目の野獣のような目。


「お前……青柳の兄貴の部下だな。なんで青柳に付きまとう?」

「そう言うお前はどうなんだ?何故こんな{失敗作}に付きまとう?」

 『失敗作』……?少し血流が逆流しかけるが、俺はぐっとこらえる。


「先に俺の質問に答えろ」

「嫌だね。{失敗作}に付きまとうウジ虫共の声を聞いているとこちらの耳が腐る。黙ってくれないか?」

 なんだこいつは……?捕まっているのになんでこんな余裕なんだ?


「お前……!?」

「あぁ奏多。ちょっと待ってくれ。こういう奴はな……」

 すると白枝はカバンからハサミを取り出すと、男の前に立つ。


「えっと……耳が腐るんなら不要だな。とりあえず耳削ぎ落すか。いや、耳が使えないなら喋るのも大変だろうし、先に喉切り裂いても問題ねぇよな?」

「なっ!?き、貴様。武力行使に出る気か!?そんなことしていいと思って」

「るから言ってんだろ?{目には目を歯には歯を}だよ。それともなんだ?先にその頭からきったねぇ脳の前頭葉取り出して、新しい綺麗な前頭葉入れてやろうか?そうすりゃお前の腐った考えもちょっとは変わるだろうし。……あぁ。そうか。痛みを感じちゃまずいよな。先に神経から抜き取ってやろうか?そうすりゃお前も暴れなくなるだろうし。あ、でも安心してくれ。オレ一応診療所の娘だし、オレじゃなかったらオレの兄貴か母さんが処置してくれるだろうから。で、話の続きだけど」

 光がない白枝の目を前に、見る見るうちに男の顔が青ざめていく……


「わ、わわわ、わかった!わかったからやめてくれ!助けてくれ!」

「その耳は飾りみてぇだな。やっぱりいらねぇか」

 ジャキン!と、わかりやすい音を男の目の前で立てる。


「ひいぃ!?わ、わかった!しっぱ」

「あ?」


 ジャキン!


「……あ、青柳……凛さんに付きまとう理由を……お話するので……やめてください……」

 ついに折れた男。……うん、まぁ、なんだ。


 白枝は敵に回しちゃいけない気がした……


「ほら、折れたぞ。奏多」

「あ、あぁ……で、教えてほしいんだが……」

「い、言っとくけど俺は武志さんや宗悟さんから頼まれただけだから、核心までは知らない。そこは本当勘弁してくれ」

 そして男が話す内容に、俺と白枝は戦慄した。


「武志さんはともかく、宗悟さんは、本当の意味で凛とゆかりを排除するつもりなんだ……」

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