第78話 水火も辞せず

 進路相談 -白枝 すず-


「うーん……」

 目の前にいる先生が、オレの成績を見ている。


「{医者になりたい}とは聞いたけど、確かに2学期の期末テストの成績はいいようね。そして、学年末テストも……」


 国語:75 数学:73 理科:76 社会:80 英語:70 合計:374


「なかなかいい成績を取れているようね」

「まぁ……でも、まだまだですよね。先生」

「えぇ。医者になるというのはもっともっと頑張らないといけないわ。だからこそ、現状維持では難しいかも知れない」

 先生のその言葉に、オレは渋い顔をする。

 言い訳にしたくないが、あんな事があったんだ。……だがあまり成績が伸びなかったことに腹が立つ。


「でも、どうして医者になりたい。なんて思ったの?」

「……」

 オレは思い切って言った。


「オレの、背中を押して、応援してくれる奴がいるからです。家族もそうだし、そして、友達も……その……大切な人、と言うか。何というか……」

 ダメだ。意識し始めたらうまく言葉に出来ねぇ……


「いいじゃない。それで。夢ってそう言うものよ。先生も応援するから」

「ありがとう、先生。3年になったら、もっといい成績が取れるように頑張ります」


 扉を開けると、そこに梓が座っていた。


「すずっち、お疲れ様」

「あぁ、お疲れ。次お前だぞ」

「うん。頑張ってくる!あたし、この進路相談が終わったら、クレープ食べに行くんだ!」

「何のフラグ立ててんだお前……」

 教室に入る梓を見送ってから、オレはとりあえず待ち合わせをしている図書室に向かおうとする。


 ――現状維持では難しいかも知れない。


 ……だからなんだよ。難しいなら……現状を超えてやる。それだけだ。

 そう思えるようになったのは、奏多のおかげなんだろうか。

 この夢をかなえられるなら……オレは……どれだけ辛い事があっても、耐えてみせる。

 開いた拳を握りしめ、オレは階段を下り始めた。


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 進路相談 -赤城 梓-


 国語:54 数学:56 理科:60 社会:62 英語:43 合計:275


「白枝さんと同じく最近結構点数上がってきているわね。何があったの?」

「えへへ、ちょっと本気出せばこれくらい……って、それだと怒られちゃいますよね。ごめんなさい」

「でも……あなたが進学希望している大学、今年から英語の試験もあるのよ」

「ですよね……ネットで調べて載ってました……どうしよう。このままだと……」

 パパもママも生粋の江戸っ子なので、赤城家は英語とは縁遠い生涯を送ってきた。昔から英語は苦手と言う以前に、そもそも無理と言う感じだ……


「1年の時からずっとずっと、英語のテストの点数は低いわね……ここは、別の大学を受けることも」

「それはダメなんです」

 先生の言葉を、あたしは思い切って遮る。


「あたし……バスケットがないと本当生きていけないんで……この大学以外を受験しようなんて、今更思えません」

「この大学以外にも、バスケットが盛んな大学はたくさんあるわよ?どうしても……と言うなら止めないけど、でもこの成績なら、選択肢は多い方がいいと思うわ」

 正しいのは先生なのだろう。でも、この大学には惹かれるものがある。


 ――もしキミが、大人になって……その時もバスケットボールをやっていたら、もっかい勝負しようか。


「……!?」

「赤城さん?」

「あ、い、いや、なんでも!」

 そう、遠い昔の追憶。それから、あたしのバスケットボール人生は始まった。だから……


「……諦め、たくはないんです。すず……白枝さんが、そうしたみたいに」

「……」

 すると先生は、あたしの前に渡された、別の大学の名前の書かれた紙を回収した。


「仲がいいのね、あなたと白枝さんは。なら、こんなもの必要ないわね」

「……はい!」

 もう一度言うが、正しいのは先生の方なのだろう。だが……

 あたしはあたしの、あたしへの可能性を消したくはない。だから……挑戦したい。

 それがあたしの……ひいては、あたしに勉強を教えてくれている、れいれいや奏多君のためでもあるから。


「……」

 でも……英語本当どうしよう?


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 進路相談 -黒嶺 麗華-


 国語:80 数学:89 理科:96 社会:94 英語:95 合計:454


「2学期の期末テストの時と比べ、国語の点数は落ちたものの、高い点を維持できているな。風紀委員の仕事も、黒嶺 あきら先生の事もあったのに、本当に頑張っている」

「ありがとうございます」

「にしても……」

 進路希望のプリントを見つめる先生。


「君の夢が学校の先生。と言うのはわかった。だが、君はなんの先生になりたいのだね?」

「……実は、国語の先生なんです。お姉様と同じの……」

「なるほど。姉の背を追って、姉と同じ教科の先生になりたいということか」

「おかしい……ですよね?」

 すると先生は、首を横に振った後、


「厳しい事だが、おかしい事ではないよ。君の夢だしね」

「……やはり、厳しいですよね」

 私にはその『厳しい』という言葉が、少しうれしかった。最近はなんだって出来る。そう思いさえしていたから。少しだけ現実を突きつけて欲しかった。とも。

 さすがに図々しいだろうか……


「それにしても君には驚かされた。まさか教育委員会で、あのようなことを発言するとは思わなかったよ」

「あれはただ、奏多さ……お姉様があそこにいたなら、そうしていただろうな。と思っただけですから」

「今君のお姉さんとまるで違う名前が出た気がしたんだが」

 でも、確かに自分でも驚くほどの大声を出すことが出来た。一歩踏み出す。と言うのはそう言う事なのだろう。

 自分が知らない自分をさらけ出す事……それが一歩踏み出す。と言うことなのだろう。

 だからこそ……


「先生」

「うん?」

「やはり私は……国語の先生になるという夢を変えられません」

「……君ならそう言うと思っていたよ。真面目過ぎて融通が利かない君ならね」

 思い切って言ってはみたが、自分でも険しい道になるということは百も承知だ。これまで以上に勉強しないといけないだろう。

 でも、だからこそ新しい自分を、常に見つけていきたい。

 それが今の私の、願いで、そして目標だ。


 ……1年前の同じころの自分は……考えもしなかっただろうな。今の私の事を。


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 進路相談 -青柳 凛-


 ……全教科が満点の学年末テストの成績を、先生が眺めている。


「やはり麒麟児……と言うのは本当のようだね。初めてのテストである2学期の中間テスト以外、すべて500点満点だ」

「……」

「だがそれゆえに……」


 第一進路志望『     』

 第二進路志望『     』

 第三進路志望『     』


「これはどう言うことかな?」

「……私には、何を夢にすればいいのかわからないんです」

 本当は夢ならあった。それは……


 母さんと同じ、学校の先生になるということ。


 だけど、私はそれを『夢』に昇華させていいものか、わからなかった。

 でも、どうして……だろう。私は学校の先生になりたかったはずだ。なりたかった……はず……だ。


 ――いいから俺の言うとおりにしろ。道具の分際で、自分の夢を持てると思うな?

 ――お前に選択肢はないよ凛。お父さんの言う事を聞いておくんだね。

 ――凛、パパの言う事を聞けないほど、あなたは『駄作』じゃないわよね?


 ――俺、凛姉さんがそんな人だとは思いたくなかったな……


「夢って……何……?」

「どうした?」

「……ごめん、なさい。先生。今このことに……結果は出せません」

「……なら、それでいいんじゃないかな」

 先生の言葉に面食らう。


「まだ時間ならある。ゆっくりと、自分の希望や進路を決めればいい。教員の方々にも伝えておくよ」

「……ありがとうございます」

「君になにがあったか、知らなくてもいいと思うし、無理矢理知ろうとも思わない。だけど、君は1人ではない。ということは伝えておくよ」

「……?」

 その先生の声に、私は首をかしげた。


───────────────────────


 翌日……


 3月になったので、短縮授業が多く、図書室や学食に集まることもなくなった。

 ……ので……


「第一回!1年間お疲れ様会!イン!れいれいんち~!」

「よいしょおおおおおおお!」

 まったく、人の家に来ても元気なもんだな赤城は……そして人の家で囃し立てるな緑川も。

 ……それにしても、黒嶺の家に来たのは初めてなんだが……結構大きな家だな……


「みなさん、進路相談お疲れさまでした。あたしも来年は、やらないといけないんですよね」

「そうだよ~?散々散々悩みに悩んで悩みまくるがよい小娘、その悩みこそが余のエネルギーである」

「ぎゃあああ!魔王様~!」

「何やってんだよ梓も緑川も」

 頭をポリポリと掻きながら、白枝が呆れるように言う。


「てか、実際にゃ1年間お疲れ様じゃねぇだろ。黒嶺の姉ちゃんの退院の日だろうが」

「「そうとも言う(言います)ね!」」

 そう、あきら先生が今日ようやく長い長い入院生活から退院する。その祝いだ。


「……」

 と、その時青柳が何かを考えているのが見えた。


「どうした?青柳」

「……あのさ、灰島君。聞きたいことがあるんだけど……夢って、やっぱり持つべき?」

「……?」

「答えてほしいの」

 いつにもまして深刻に悩んでいる様子の青柳に、俺はあえて言った。


「やっぱ……持つべきじゃないか?」

「……」

 青柳は静かにうなずく。

 ……だが、何かがおかしい。進路相談で何かあったのか?


「そういや、昨日の進路相談。青柳とか奏多は、どういう進路にしたんだ?」

 白枝が腕を組みながら聞く。


「……」

 俺の進路……か。そう、考えていた時だった。


「ちょっとお姉様、あんまり無茶しちゃダメですよ!お姉様!」

「麗華ちゃん止めないで!アタシ、灰島君に話があるの!」

 突然騒がしい2人の喧騒が聞こえて……勢いよくリビングへの扉が開け放たれる。そしてそこに、汗だくのあきら先生がいた。


「あ、お帰りなさい、あきら先生」

「お帰りなさい!あきら先生!」

 俺と緑川の歓迎の声を聞いたあきら先生は……


「おお、みんな……ちょ、ちょっとごめんね。こんな状況で悪いんだけどさ」

 あきら先生は、ひどく動揺した様子でこちらを見た。


「灰島君、清音高校から転入のお誘いが来たって本当!?」


「……」


「「「「「えっ……!?」」」」」


 そしてリビング全体の、時が止まった。




問47.次の英語を和訳しなさい。

『Trust me』

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