第79話 俺を信じてくれ

 進路相談 -灰島 奏多-


 国語:94 数学:93 理科:94 社会:97 英語:95 合計:473


「相変わらず全教科で90点以上。さすがの秀才だね」

「よしてください先生。青柳の方がよほど秀才ですから」

 何気ない会話をする。


「この調子で行けば、第一志望のこの大学より、さらに上の大学を受けられるやも知れないな」

「……」


 ――この調子で行けば、第一志望の昇陽学園より、さらに上の清音高校を受けられるぞ。


「前にも、同じようなことを言われたんです。高校に進学する時に」

「ほう……それで君は高校に清音高校を選んだ。と?」

「はい」

 今思えば、それがあの破滅の引き金だった。そして今俺はここで、5人の女に勉強を教え込んでいる。(青柳はかなり限定的だが)

 運命と言うのはわからないものだ……


「……えっと、灰島。この後、時間はあるかい?」

「ありますが……どうしたんですか?」

「実は学園長が、君に話がしたいと」

 学園長が……?俺はその真意がよくわからなかった。




「失礼します」

 学園長室の扉を開け放つと、奥で学園長が背中を向けて立っていた。こちらの声に気付くと、学園長は向き直る。


「来てくれたか灰島君。すまないね、いきなりの呼び立てを」

「いえ、大丈夫です。それより、お呼び立てした理由は」

 学園長は俺に、目の前の椅子に座るように言う。俺はその椅子にゆっくりと座る。


「まずは改めて……あの時の詫びを。……すまなかった。灰島君。私が動けず、君と黒嶺君、そして他の人たちに多大なる心労をかけた。この通り、わびさせてほしい」

「やめてください学園長。黒嶺を何とかしようとしたのは俺が勝手にやった事ですから。学園長が謝る必要はありません」

「そうか……やさしいのだな。君は」

 やさしい……か。最近よく言われるが……俺はそうは思わない。


「さて、本題に入ろう。君をここに呼んだ理由は、簡単に言うと理由はふたつだ。ひとつは君には直接会って謝罪したかったと言うこと。そしてもうひとつは……」


「君に、清音高校から転入の誘いが来ているのだ」

 その言葉に、俺の瞳孔が開いた。瞳が小さくなり、学園長の顔が遠くに見える。


「君の学業に著しく影響を与えた責任を取りたいとして、君に転入の誘いが来ているのだよ。もちろん君に対し圧力をかけた教師たちは学校長も含め全員離任、もしくは解任されている。君の成績を鑑みるに、君は元ある高校で授業を受け、さらなる高みへ向かうべき……それが向こうの意見だ」

「……そう、なんですか。そう言った話、聞いたことがなかったから……」

「そしてもう1人……黄瀬 香澄と言う生徒を知っているかね」

 学園長からその言葉を聞いた瞬間……


「黄瀬が、どうしたんですか!?」

 俺は勢いよく椅子から立ち上がった。


「あ、あぁ……実は彼女も、来年から復学するそうだ。その彼女からの願いでもあると、私は見ている」

「……」

 目を閉じ、黄瀬との思い出を思い出す。


 ――お、君も親、来てないの?

 ――こうやるとね、早めに治るんだよ。……根拠はないけど。


 ――奏多君が、拓人君に盗撮を指示してた……それは、本当なの?……何も言わないんだ。


 ――奏多君。わたしのせいで……


「黄瀬さんも、君が勉強を教えるというのであるならば異存はないはずだ。私としても、君が希望するなら君の背を押す準備ならできている。あとは君の選択次第だ」

「……」

 黄瀬は、紫原の被害者だ。その彼女が一歩、踏み出そうとしているなら俺は応援をしたい。

 そのために、俺に出来ることがあるなら……俺は……


 ――やっぱり黄瀬さんのことは、未だに好き……?


 青柳の言葉がよみがえる。スマホからは確かに電話番号を消したが……あいつの事を思わなかった時は一度もない。

 あいつの力になれるなら、俺は何も迷うことはない。迷うことなど……あるはずもない。


 ……そう、迷うことなど……


 ………………………………

 ・

 ・

 ・


「……」

 騒然とする黒嶺家リビング。誰もが俺の言葉を待っているかのようだった。


「……えぇ、それは事実です。でもあきら先生、どこで知ったんですか?」

「さっき電話がかかってきたんだよ。同じ教師の友達から。灰島君が転入するかもって」

 落ち着いた様子で言うと、あきら先生はこくりとうなずいた。


「え、じゃあ奏多さん……!?」

「灰島先輩とは、3月でお別れなんですか!?」

「奏多君……嘘だよね……!?」

「お前……勝手に話を進めるなよ。ちょっとくらい相談してくれよ!」

 口々に発言しだす一行。その中で……


「……」

 青柳だけは、無言のままうつむいていた。


「厳しい事を言うようだけど、灰島君がやりたいなら、それを見届けるのがみんなの役目だよ」

 その言葉を最後に、リビングを再び沈黙が支配する。


「……」

「あ、青柳さん?どうしたんですか?」

「え?……な、何にも……」

 黒嶺の言葉に、青柳は顔をそっと上げたあと、再び顔を伏せた。


「……で、どうするの、灰島君。転入なら、早いうちに手続きをしないと」

「いや、断りました」


 ・ ・ ・


「「「「「「え?」」」」」」

「いや、だから、断ったんだ。転入の誘い自体を」


 ・

 ・

 ・

「確認のため、もう一度聞いていいかな」

 学園長室の中、俺は学園長に向かって頭を下げる。


「お言葉嬉しいですが、お断りします」

「ふむ……やはりあの騒動があったから、かね?」

「それもありますが、それがすべてではありません」

 そう聞くと、学園長は話を聞こうと体をこちらに近付ける。俺はその学園長の目をまっすぐ見ながら、こう続けた。


「確かに黄瀬の事は……未だ思い続けています。悪い事をしたとも思ってますし、そして未だに……彼女が好きです。でも、それ以上に……俺には放っておけない人たちがいるんです」

「青柳君、赤城君、緑川君、黒嶺君、そして白枝君の事かね?」

「一度だけだったのに、よく顔と名前を覚えていましたね。……はい、その通りです」

 一度だけ呼吸を整える。そしてこう続ける。


「俺は、この高校に来てからもずっと、何もない日々を送っていたんです。これなら清音にいた頃と変わらないと、思えるような、そんな日々を」

 目を閉じながら思い出しつつ、丁寧に、そして慎重に話していく。


「でも、そんな俺に心を赦して、自分の事を打ち明けてくれる女の子が現れたんです」

 ――灰島君。


「そんな俺の事を信頼して、俺を頼ってくれる女の子が現れたんです」

 ――灰島先輩!


「そんな俺の事を、ずっと思い続けていた女の子がいるんです」

 ――奏多君!


「そんな俺を信じて、自分の秘密を打ち明けてくれた女の子がいるんです」

 ――奏多さん!


「そんな俺を頼って、素直な自分をさらけ出してくれた女の子がいるんです」

 ――奏多!


「……そいつらを裏切ってまで、俺だけがやりたいことなんて出来ませんし、やりたくないですよ。これは俺が決めた道だから、最後まで走り抜けたいんです」

「……」

 すると学園長は大声で笑った。

 ……俺変なこと言ったか?確かに若干クサいセリフとは思ったが……


「君に勉強を教わる、彼女たちは幸せだろうな。本当に」

「申し訳ありません。わざわざ時間を割いていただいたのに」

「いやいや、構わないさ。呼び出したのは私だからね。清音高校には、私から伝えておくよ」

 ・

 ・

 ・


「そう言うわけで、俺はこれからもここで過ごすよ。お前たちにも、まだまだ教えたいことがあるしな」

 言い終えると、目の前にいる全員の時が止まっていた。……ただ、1人を除いて。


「……」

 青柳だった。青柳は目に涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうになっている。


「青柳……?」

「……よかった」

「え?」

 そしてそのまま、膝を屈して泣き出した。


「よかった……灰島君が……まだいてくれて……!」

「……」

 すると俺は、その青柳を立たせる。青柳は驚いたような顔をした。


「ありがとう。青柳」

「……お礼を言うのは、私の方だよ……」

「……そうかもな。でも、俺の事で涙を流してくれることが、すごく嬉しいんだ」

 目をぬぐう青柳。その顔は、少し涙でゆがんでいた。


「……罪な男だねぇ灰島君」

「茶化さないでください。まさか青柳が泣き出すなんて思いませんでしたから」

 だが、その涙は俺がここに残り続ける理由に十分だった。


「青柳」「……うん」

「緑川」「はい!」

「赤城」「ほいほい!」

「黒嶺」「はい」

「白枝」「おう!」

「俺はこれからも、お前たちの事を信じてる。だからお前たちも……」


「俺を信じてくれ!」


 それを聞いた瞬間、5人に笑顔が戻った。


「なんだよ!奏多のくせにかっこいいじゃねぇか!」

「言われずとも、私は奏多さんを信じています!」

「あたしが勉強をがんばれてるのも、奏多君のおかげだもん!信じるのは当たり前だよ!」

「あたしだって、皆さんと同じです!これからもお願いします!灰島先輩!」


「……灰島……」

 首を横に振る青柳。そして……


「これからもよろしくね。{奏多君}!」

 青柳は笑顔で、そう言った。その笑顔につられるように、俺も笑みを浮かべた。




「灰島君……やっぱりキミはやさしすぎるよ。……キミにまた出会えて、本当によかった」

 あきら先生は、その様子を見て満面の笑みを浮かべていたと言う。




問48.高野辰之作詞、岡野貞一作曲の童謡で、1番、2番、3番で繰り返し歌う言葉がある童謡のタイトルを答えなさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る