第74話 ホワイトナイト、レッドクイーン(5)
夕食を白枝診療所で食べさせてもらい、帰宅する。
「……」
あ、しまった。俺としたことが、白枝を無事に見つけたことを連絡していない。そう思ってスマホを取り出し……
ん?待てよ。そもそもなんで一つも連絡が……
そして命の呼吸を感じない真っ黒な画面。……導き出された結論は、簡単なものだった。
「あの時壊したんだ!?」
俺としたことが、スマホの事も考えずに川に飛び込んでしまった。変なこと考えるんじゃなかった。そもそも浅かったら飛び込んでないし。
「……」
まずい。空も絶対怒ってるぞ……俺はため息をついてから、玄関の扉を開けた。
「ただい……」
「はっはっは!いっぱい食べていいぞ!空もママも、今日は大盤振る舞いだからな!」
「腕によりをかけちゃうよ!ごはんのおかわりがいるなら遠慮なくお願いするね!」
「ありがとうございます!灰島先輩のご両親って、とてもお優しいんですね!」
「あ、可南子さん。お手伝いしますよ?」
「ありがとう黒嶺ちゃん!嫁に欲しいわ~!」
「しかしおいしいねこの玉子焼き!りんりんの言う通りだよ!」
「うん。私もこう言う味のを作りたい……」
「いやいやいやいや」
俺は慌ててリビングに入ってくる。
「なんでお前らがいるんだよ!しかも親父も母さんも!」
「おお、奏多、おかえり!今日はたまたま仕事が早く終わってママと一緒にメシを食おうと思ってたんだが……」
「奏多から連絡がこないって聞いて、じゃあウチに来ない?ってことでみんな誘ってみたのよ」
ガツガツと夕食を食べる4人。
「いや、でもみんな誘ってみた意味がわからねぇよ!てかお前らもよく俺んちに来たな!警戒感なさすぎだろ!?」
「「「「何回電話かけても出なかった灰島(奏多)君に言われたくない」」」」
「すいませんでした……」
ひと通り起こったことを4人に話し終える。ちなみに両親と空は皿洗いをしている。
「もう……無茶しちゃダメだよ灰島君。本当に心配したんだから……」
「悪い……でも、あのままクッキーを捨てたら、あいつは本当に心を閉ざしそうで」
「このバレンタインデーの企画、白枝先輩の発案だったのに……白枝先輩にこんなことが立て続けに起こってかわいそうです……」
空気が重くなる。
「でも、普段何も言わない白枝さんからの発案なのは少し驚きましたね。言葉は悪いですが、白枝さん、そう言う事をやりたがらなさそうなのに……」
「……2月14日ね。すずっちのお父さんの誕生日なんだ」
その言葉に、全員の視線が集まる。
「去年も、あたしチョコをもらったんだよね。それに、お父さんには毎年毎年チョコレートを渡してたみたい」
「そう、だったんですね」
「……ちょっと待って、じゃあ白枝さんが、灰島君にチョコを渡そうって発案した理由って……」
俺は一瞬で察した。
「……寂しかったんだろうな。あいつは、その寂しさを俺にチョコレートを渡すことで紛らわせてたんだ」
その言葉を最後に、リビングは静寂に包まれる。
「高太郎(たかたろう)さんは、ものすごく甘いものが好きでな」
そこにやって来たのは、親父だった。
「お、親父!?な、なんで……てか高太郎さんって」
「こう言った仕事をしてると、色々と体壊しがちでな。トラックの運転手始めた時は、高太郎さんには世話になったんだよ。ま、昇陽祭で出会ったようなあの女の子には出会ったことないがな」
座らせようとソファから立ち上がる黒嶺だが、親父は手を伸ばして制止する。
「それで、バレンタインが近くなった時に診療所に行ったら、こう言ってたな」
――誕生日とバレンタインデーのお祝いに、娘がチョコレートを作ってくれるんですよ。それが美味しくてね。毎年それが待ってると思えば、こんなつらい仕事だって乗り越えられます。
「わかります。白枝さんの作るお料理、何でもおいしいですから……」
にこりと笑う青柳。
「で、その白枝診療所が、閉院するんだってな。……それ、白枝って子は大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから言ってるんだ。よりにもよって、知ったのがその2月14日の前だぞ。察するにあまりあるさ」
「とんでもないバレンタインデーになっちまうなぁ。それは……」
ため息をつく親父。
「……」
それと同じくして、赤城もうつむく。
「……」
この状況を、どうにかして変えられないだろうか……?
「ところでみんな、一体いつうちに嫁に来てくれるんだい?」
「「「「「!!?」」」」」
親父の一言に、途端にリビング全体の温度が上がる。
「なっなっなっ、何を、言ってるんだよ親父!?こんな時に限ってこいつらを口説くなよ!?」
「いやぁだって、この子たちを口説くタイミングなんてもうないかも知れないだろ?今のうちにだよ今のうち」
「{口説く}って言ってしまってるし!?」
「だって灰島家にいい嫁を貰うことが、オレの本来の夢だったからな!な!?ママも!」
ゴォン!
空、お盆スマッシュ。
「次は殴るよ」
「もう、殴ってるじゃないか……」
愛想笑いを振りまく4人。と言いつつ……
「……」「……」「……」「……」
なぜかまんざらでもないような顔をする。……すまん。空気まで読ませ……
「…………!」
電流が走った。雷が落ちたかのように、俺に衝撃が襲い来る。
「……親父、今の言葉、もっかい言ってくれ」
「え?{もう、殴ってるじゃないか……}」
「違う!その前の言葉!」
「その前?{だって灰島家にいい嫁を貰うことが、オレの本来の夢だったからな}……こうか?」
「……」
俺はそれを聞いたあと、赤城に……
「悪いけど、出さんに電話かけてもらえるか?出来れば白枝に気付かれないように」
「え?う、うん」
赤城が電話をかける。
「夜分遅くにすいません。赤城と言うものですが……あ、出さん。……いや、奏多君が用があるみたいで、代わりますね」
そっと電話を受けとる。
「もしもし」
「あァ、灰島君。梓ちゃんとどうして一緒にいるかはこの際放っておくけど、どうしたんだい?」
「それ赤城が聞いたら泣きますよ多分」
後ろで赤城が『?』と言う動きをした気がしたが、俺は気にせず続ける。その俺の話を聞いた出さんは……
「えェ?まァ出来ないことはないけど……でも、それをしてどうするんだい?それをすることで、すずは救われるのかい?」
「それは白枝の心次第です。ですけど、このまま何もせずに白枝が絶望していくのを、俺は黙って見ていられません」
「……わかった。やってみるよ。悪いね、灰島君。これは家族の問題なのに」
「いえ、こちらこそすいません。赤の他人が首を突っ込みすぎですよね」
『いいや、大丈夫だ』と出さんが言う。それを聞いた後、改めてお礼を言って電話を切った。
「奏多君……?」
「……」
───────────────────────
2月14日。……この日はバレンタインデーであり、パパの誕生日だ。
昔はこの日が来るのが楽しみで仕方なかったのだが……今は億劫で仕方がない。『大好きだったパパがいない』と言う現実に引き戻されるからだ。
特に何の意味もなく、買い物を終えて診療所へと向かう。……その足取りは、当然といえば当然だが重い。
いずにぃもママも朝から出かけているし、一体2人で何をやっているんだろうか。
「あ、この間のゴーゴーレッドのお姉ちゃんだー!」
声が聞こえる。
「あ、君、元気になったんだね」
「おや、あの時の。その節はお世話になりました」
その子の母親と思われる人物が、頭を下げる。
「いえいえ、オレに出来ること、あれくらいしかなかったんで」
「あれからこの子、{またゴーゴーレッドのお姉ちゃんに会いたい}って、聞かないんですよ。あの時の笑顔がとてもかっこよかったって」
『また』か……オレの診療所ではもう『また』はないんだが……
「そうなんですね。でもボク?」
オレはその子に目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「風邪はひいちゃダメだぞ?風邪をひくような弱い子は、ゴーゴーレッドになれないぞ?」
「ならなくていいもん!」
「え?」
「ボク、大人になったらお姉ちゃんのようにやさしい人になりたい!」
その言葉は、オレの心に一滴の湧き水を落とした。
「お姉ちゃんのほうが、ゴーゴーレッドよりかっこいいもん!ボクを助けてくれたし、勇気ももらえたし!だからお姉ちゃん、またボクが風邪をひいたら、その時も勇気をもらえる?」
「……」
――この診療所、今月いっぱいで閉めないといけないからな……
「……」
オレは答えた。
「うん。もちろんだよ!でも、風邪をひいたらお母さんが大変だから、健康には気を遣わないとダメだよ!」
「もちろん!」
「ばいばーい!ゴーゴーレッドのお姉ちゃん!」
手を振ってその子を見送る。
……嘘をついてしまったな。あの子によくない。もうどうしようもないのに、罪もないあの男の子に嘘をついてしまった。
オレは医者としてダメな女だ。
……………………
でも、もう梓の時のように、自分の絶望から、他の人を使って逃げるような真似はしたくない。
梓か……梓は……もう……
「……」
そのまま診療所の前に帰ってくる。
……建物も結構古いし、都会には不釣り合いなほどの小さな建物。『白枝診療所』の白の字の部分の上面が少し剥げている。
ここがオレの居場所。ここがオレの夢。ここが……オレのすべて。
でも、もうその思いに浸ることは許されないんだ。居住スペース側に回り込んで……
「ただいま」
と、入ると……
「おォ、お帰りすず。待ってたぞ」
「お帰りなさいすず!」
白衣姿のいずにぃとママ。そして……
「お帰り、白枝」
「……は?」
そこに立っていたのは、何故か白衣姿の奏多だった。
「お、お前、何やってんだよ!?こんなところで!てか、その姿」
「いいから早く着替えろ。お前用の白衣もあるんだ。ビシッとしてくれよ{白枝 すず先生}」
「は?」
奏多の考えていることはとんとわからなかったが、オレは白衣に袖を通した。
男っぽい見た目の女であるオレに、白衣は似合わない……
「!?」
……いや、見間違うわけがない。この白衣は……
――ははは、すず、お前は本当に甘えん坊だな。
「パパの……白衣……!?」
……その驚いた動きをいずにぃに見られていたことに気付くのは、もう少し後。
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