第66話 髪切った?
今日は始業式の日だ。
「年末年始の休みって言うのは、あっという間だな……」
「うん……もっとゆっくりしたい気分かも」
いつも通りモノレールに揺られる。青柳は参考書を読んでいる。
「……冬休みはどうだった?灰島君」
「まぁ、特には。(さすがにあの白枝の事は黙っといた方がいいよな……)青柳はどうだ?」
「私も何も……やることもなかったし」
今日からまた学校が始まる。と言っても、三学期は短いが。
……今思えば、こうやってモノレールに揺られる冬って、今年以降ほとんどないかも知れないな……
来年の今頃はセンター試験に受験勉強にと、追われることが多くなりそうだ。今年も2月には進路相談もあるし、学年末テストもある。……進路相談か。
……今思えば、俺が進むべき進路って……なんだ?
特に夢があるわけでもない。特にやりたいこともない。
じゃあ……何がある?俺には……
つんつん
青柳の人差し指に、意識を戻される。
「?」
「……難しい事は、今は考えなくてもいいよ。みんなに会ってからでもいいよね。{お兄ちゃん}」
うっ……
「あ、青柳」
「ん?」
「お、お兄ちゃんって呼ぶのは……勘弁してくれるか……?」
顔を赤くする。……無自覚だったのかよお前!?
「そ、そう言えば灰島君。最近昇陽学園の近くで、ひったくりの事件が起きてるらしいよ?」
「まじかよ、物騒だな……まあ俺は盗まれるような奴は持ってないけど……」
そんな他愛ない話を青柳としながら昇陽学園の校門前に立った時、事件は起こった。
「……」「……」「……」「……」「……」
緑川以外の視線が、すべて目の前の『それ』に注がれる。
「あ、あれ~?どうしたんですか先輩方?あたしです。緑川です」
「いや、緑川はわかる……んだが……」
首から下は確かに昇陽学園の制服だ。そして、首から上は……遮光器土偶のものになっている。
「い、いやだなぁ。新しいイメチェンですよ!」
そんなイメチェンあるか!?
───────────────────────
えっと……どうしてこうなったかというと……昨日にまでさかのぼる。
「こちらへどうぞ」
「ありがとうございま~す」
緑川家専用のヘアーサロンにやって来たあたしは、いつも通りに座る。
新学期を前に、髪を少し切ってイメチェンしよう。と言う我ながら軽はずみな考えだ。
「今日はどんな感じで」
「そうですね~。じゃ、思い切ってツインテールで」
「かしこまりました」
いつものように癒されるBGMの中、店員さんの手際のよい切り方があたしにさらなる癒しを与えてくれる。
チョキチョキチョキチョキ
「ところで知ってます?この二次市の教育委員会の委員、先生に圧力かけて生徒2人を退学に追い込んでたって」
「あ~、知ってますよ~?しかもあれ、ウチの学校だったんで」
「えっ?緑川さんとこの?」
「しかも、追い込まれてたの……」
「あたしのクラスメイトだったんです」
「えぇ~!?本当に!?」
ザクリッ!
「……え?」
宙を舞うあたしの黄緑色の髪。そして今の、ザクリと言う恐ろしい音。ボトリと、重厚感ある、それでおいて少し軽めの効果音。……起こった出来事が、一瞬にして分かった。
……結果的にある髪型になったのだが……あたしにはお世辞にも似合わない。こんな姿を先輩方に見せてしまったら……
……色々終わる。
ウィッグの完成は少なくとも3日後……それまでバレないようにしないと!
───────────────────────
翌日……短縮授業などはなく、この日から通常授業だ。放課後、いつも通り図書室に集まる。
なんだかずいぶん久しぶりな気がする。こうやってみんなで集まって勉強する。というのは。だが、いざ始まってみれば特に普通の勉強……
ちらっ
「奏多さん。ここなんですが」
「あぁ、ここは……」
ちらっ
「……み、緑川」
どうしても目に入る、制服を着た遮光器土偶。
「お前……そんな姿でよく先生から何も言われないな……」
「許可は得てますよ!もちろん!」
「寛容が過ぎないかこの学校!?」
だが、ここまで急にイメチェンと称されてこんな姿をされると、気にするなという方が無理というものだ。オレは思い切って聞いてみる。
「なぁ、緑川」
「なんですか?」
「お前、もしかして……髪切った?」
そのまま動きを止める緑川。あれ?もしかして図星……?
「なんだそう言うことか。間違えて坊主頭にでもしちまったのか?」
「いや、それとも〇ザエさんヘアとか!?」
こんな時騒ぎ立てるのは決まって赤城と白枝。
「おやめなさい2人とも。嫌がってますよ緑川さん。……ところでどんな髪型なんですか!?」
「お前が一番気になってるじゃねぇか!」
俺たちの問いかけに、緑川は口を閉ざしたまま何も言わない。……いや、実際に口を閉ざしてるかはわからないが。
「というより……その遮光器土偶どこにあったの……?」
「あ、これは先代の緑川家が掘り当てた土偶のレプリカなんです。細部までこだわっている、代々受け継がれる家宝なんですよ!」
「レプリカとはいえ家宝を変装道具に使うなよ……」
しかし頭は重くないのだろうか。というより髪を切っただけなら、そんな恥ずかしがることないのに。
「……てか、奏多は気にならねぇのか?緑川の頭」
「「「!?」」」
白枝の何気なく言った言葉に驚くのは、俺と赤城以外の3人。
「……あ?何驚いてんだよ」
いや、そりゃ急に名前呼びしたら名前呼びの経緯知らない奴らは驚くだろう……
「てか、そんな隠さないといけないほどひどいことになってるのか?お前の頭」
「なってますよ!ここで脱いだらあたし……もうお嫁に行けなくなります!」
思ったより深刻だな……ならますます、無理に見ない方がいいだろう。特に男である俺は。
その日の帰り道……この日は緑川は買い物があるということで、俺が一緒に帰ることにした。
「すいません灰島先輩。あたしのわがままで……」
「いいってことよ。でも……」
商店街を歩く男子高生と、頭だけ遮光器土偶の女子高生。……さすがに目立つ……
それにしても、ここまで来ると緑川の頭を見てみたい気も……いや、ダメだ。きっとダメだ。ここで見てしまったら、さすがに緑川が傷付くだろう。
「あの……灰島先輩」
「え?」
「その……あたし、灰島先輩になら、見せてもいいかもって思ってます。頭……」
「……!?」
いや、待て。待てよ緑川!?
「な、なんで俺にはいいんだよ!?お前女の子だぞ!?」
「なんのツッコミですかそれ!?は、灰島先輩を信頼しているからです!だから……!」
土偶に手をかける緑川。いや、待て、マジで待て!
「こ、ここまだ町の中だろ!?せめてお前の家とか、人目の付かない場所とか……」
その時だった。
「誰か~~~!助けて~~~!」
「「!?」」
「ひったくりよ~~~~~!」
女の人の声が、そして帽子を目深に被り、マスクとサングラスを付けて、ラグビーボールを抱えるかのようにカバンを持った男が……
「ひっ……!」
こっちに向かって走ってくる。
「!?なんで土偶が……」
ひったくり犯にも驚かれる遮光器土偶緑川。
「ええい、どけ!」
と、男が緑川を突き飛ばす。
「きゃあ!」
バランスを崩した緑川から、土偶の被り物が飛び……
「ぎゃっ!」
男に直撃。男は大きくバランスを崩して転倒し、その顔の上に……
「ぎゃあああああ!」
カポン!
土偶の頭が被さり、男の視界を奪った。そこへたまたま近くをパトロールしていた警察がやって来る。
「あ!お前!最近話題のひったくりじゃないか!あなた方が取り押さえにご協力くださったのですね!感謝します!」
「ど、どうも……」
いや、俺は何もやってないんだが……そう思って背後を振り返る。
「やりましたね!灰島先輩!」
そこに立っていたのは、声は緑川。そして……
ジャマイカあたりでレゲエを歌ってそうな、そんなドレッドヘアの女の子。
「お前……!?誰だ!?」
「へ?」
警察と適当に話を済ませた後、俺は緑川と一緒にさらに歩き続ける。
チーン……
「あ、謝るから、マジで口から出てるであろう霊魂何とかしてくれ……」
「あうぅ……{誰だ}って……{誰だ}って……」
さらに白目。
「やっぱり、似合いませんよね……あたし……自分でもひどいなって思ってはいたんですが……」
不安そうに言う緑川に……
「……そうか?俺は別に似合うと思ったんだけど」
「!?」
顔を赤らめ
「じゃあなんで{誰だ}って……」
かけて、再び霊魂を射出する(ような顔をする)。
「……すまん。緑川……ちょっとだけ嘘をついた」
「わかってましたよそれぐらい!」
───────────────────────
「ふぅ……」
ようやくできたウィッグを付けるあたし。うん。やはりサイドテールが落ち着く。
「これでやっと……元通りに戻れる……」
――そうか?俺は別に似合うと思ったんだけど。
「……」
そっとウィッグを外して、
「……!?ダメダメダメダメ!は、灰島先輩もきっと、空気を読んで言ってくれたんだろうし……で、でも、似合うって言うのはもしかしたら本心かも……いや!嘘だって言ってたし!あぁ~もう!どうすればいいのかわかんないよ~!」
「な、何しとるんじゃ?麻沙美……」
その後、あたしは1週間ほどウィッグを付けるか付けないか、登校前に悩んだ。
問43.『体重を落とした後に元の体重に戻ってしまうこと』という意味を持つ、バスケットボール用語にもなっている言葉は何か答えなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます