第67話 リバウンド

「ふ~!」

 お風呂から上がり、濡れた髪を乾かしてシュシュで髪をポニーテールに結んだ後、あたしは声をあげた。壁掛け時計の針は午後8時を差している。


「まだ寝るには早すぎるなぁ。よし、ちょっとだけ走ってこようかな?」

 本来お風呂に入る前にやることだ。だがあたしの場合、お風呂に入って代謝がいいうちにやりたい。何故なら……


 あたしはお正月、太ってしまったからだ。


 奏多君や他の人にはバレてない。からバレないうちに何とか体重を元に戻し、今に至る。

 あれから2週間経つ。そう、その証拠に体重計に乗っても、普段の体重の57キロに……


 57キロに……


「……」


「ぎやああああああああ!!」




 翌日。


「あうう……」

 あたしは落ち込みながら、学食にやってくる。


「なんで……なんでまた62キロになっちゃってるの……?どうしてリバウンドしちゃったの……!?」

 意味が分からなかった。最近は特に暴飲暴食をしていないし、むしろバスケ部の練習が再開されたから痩せているはず。なのにどうして。正月と同じような体重になったんだろう。


「はぁ……」

 と、言いつつかつ丼(ごはん大盛)と焼きそば(麺増量)を持って……


「……」


 これだああああああ!?


 絶対これだ!あたしお昼から色々食べすぎなんだよきっと!仕方ない……りんりんあたりに少しおごってあげよう。


「お待たせ、みんな」

「……あ、赤城さん」

「……え?」

 りんりん=牛すき焼き定食。


「り、りんりん?どうしたの?それ……」

「あぁ。年末年始もアルバイトしたお礼として特別手当が入ったんだと。だから今日は奮発してるらしい」

「おいしい……!黒嶺さんと白枝さんが普段食べてるのもわかるよ」

「ボリュームもありますしね。それに野菜もとれます」

 うう、先手を取られた。……いや、取ってないけど。あたしは仕方なく座る。


「それにしても赤城先輩、いつもよく食べますよね」

 あさちゃんがこちらを見る。あさちゃんは今日は鴨南蛮そばのようだ。


「……」

 よし、ここは……


「あさちゃん、ごは」

「あたしかつ丼はどうも苦手で……脂っこいご飯ものが苦手というか……」

 失敗。


「ところで、ごはんがどうしたんですか?」

「な……何も……」

「そういや緑川、結構ヘルシーだよな」

「白枝先輩には負けますよ。いつもお弁当、栄養バランスいいですし」

 言われるまますずっちの弁当を見ると、揚げ物、野菜などがバランスよく揃っている。


「ま、一応医者の娘だしな。医者がぶよぶよに太ってたら、信用もされなくなるだろ?」


 グサッ


 ま、まぁ。すずっちも……一応運動部だし?健康に気を遣うのは当たり前だしね。

 でもどうしよう。奏多君は今日生姜焼き定食だから同じ豚肉のかつ丼は食べないだろうし、焼きそば結構ボリューミーだしなぁ。れいれいは今煮魚定食なんだけど、そもそもれいれい、かつ丼ってイメージも焼きそばってイメージもないし……

 一か八か……ここは生姜焼き定食の奏多君に!


「奏多君!かつ丼か焼きそばいる!?」

「!?げほっげほっ!」

 豪快にむせる奏多君。


「お、お前……!?マジで言ってんのか!?」

「マジだよ!いる!?」

「おかしいだろお前!普段ならバキュームカーのごとくペロリと食ってるじゃねぇか!?どこか体の調子でも悪いのか!?」


 食いしん坊あるある。料理を譲ると体の不調を疑われる。


「あ、いや……う、うん。実は、風邪気味で、ごほんごほん」

「風邪ひいてんなら大変だな。この時期の風邪、特に長引くからよ」

 すずっちがマスクを付けて、あたしの額とすずっちの額をくっつける。


「熱はねぇな。今日は汗かかない程度に体あっためて、早いうちに寝るんだぞ」

「う、うん」

 どうしよう……そのやさしさが今のあたしにはとてもつらい……


「……」

 すると、何故かこちらをじっと見るれいれい。……あれ?嘘がバレた!?


「……」

 すぐに目をそらされた。よかった……

 それにしても……仕方ないからこの食べ物はあたしが食べないと。……でも、昼食が原因ならこんなに急激に増えるなんてありえないのに!

 あ、あたしの……何がいけないんだろう……


───────────────────────


 赤城の様子が少し気になりながらも、今日の授業も無事に終わった。とりあえず必要に応じては赤城を病院に連れていくことも考えたが……あまり気にしすぎても赤城に悪い。

 確か今日はバスケ部の練習なかったよな。とりあえずA組を覗いてみると、


「あ、奏多君」

 赤城が荷物をまとめ帰ろうと思い立っていた。


「悪いな。今日は黒嶺もあきら先生の見舞いでいないし、白枝は診療所の手伝いだそうだ。青柳と緑川も、2人で参考書を買いに行ったし」

「うんうん?いいの。今日はなんとなく、奏多君と一緒に帰りたかったしね」

 校門を出たところで、俺は話しかける。


「で?お前、なんで急に体重気にしだしたんだ?」

「!!?」

 驚いたように背筋を一気に伸ばす。


「な、なっなっなっなんで知ってたの!?奏多君!?」

「いやわかるわ。急に思い出したように咳き込む風邪があるかよ。なんだったら青柳の昼飯見てた時点で気付いてたわ」

「え?なんで……」

「お前よだれ出してただろうが……」

 顔を赤くする赤城。まさか気付いてなかったのか!?


「でも、なんで急に体重を気にしはじめてんだ?」

「うう……正月太りしちゃったんだけど、その時と同じ体重まで増えちゃって……」

「なんだ、リバウンドか」

「デリカシーなさすぎだよ奏多君!」

 ( >ω<)こんな顔をして怒る赤城。でもパッと見はそんな太ってるって思わないけどな……


「お前バスケ部で運動してたら自然と痩せてくるだろ。そんな気にしなくても」

「それが痩せないんだよ~!全然!どうしよう……このままいくとあたし、力士みたいになっちゃうかも……」

「極端すぎだ」

 少し考えた後、俺はあることを聞いてみた。


「お前……普段の食生活はどんな感じだ?」

「い、今意味ある?それ」

 あー、隠そうとしてるわ。こいつ。うん。


「あるぞ。大いに。試しに言ってみろ。正直に」

「……うぅ、言ってもあんまり食べてないけどな……」

「とりあえず太りだした時何食ってたかだ」


「朝はごはんと焼き魚と豚汁と天ぷら。ごはんは3杯おかわりしたでしょ?で、買い物に行く時ふらっとHISONに寄ってハイチキ3個くらい食べて、お昼ごはんはお好み焼き2枚で、3時のおやつにバウムクーヘン1ロール食べて、晩ごはんにすき焼き、ごはん5杯ほどお替りして、夜食にHISONで買ったポテトチップス二袋食べて、寝る前にインスタント麺1杯食べて、夜中におなか減っちゃったからついプリン1個食べて」


「はい解散」

「待って~!奏多君!」

 いや、どこからどう見ても赤城自身の食いすぎじゃないか。よくこんな食い方で肥満にならなかったな……


「とりあえずそのまま太りすぎたら本当に力士になるぞ。まずはあまり食い過ぎずに腹八分目で……」

「あ!焼き芋売ってある!8個くらい買っちゃおうかな!」


 ぎゅううううう


「ま・ず・は・あ・ま・り・食・い・す・ぎ・ず・は・ら・は・ち・ぶ・ん・め・な!」

「みゅううう、わはっははらぁ~(わかったからぁ~)」

 赤城の頬をつねりながら引っ張る。しかしこいつの食い意地は本当昔からかわらないな。

 ……昔から、か。


 ・

 ・

 ・

 中学校の時の修学旅行……


「見て見て奏多君!」

「あ?」

「ここのお団子、全部すっごくおいしいんだよ!」

 店先にある団子と言う団子を、全種類器用に持っている赤城。それを次から次に口に運ぶ。


「お前……腹壊すぞ、本当」

「ふっふっふ~、おいしいもののために壊れるおなかなら本望なのだっ」

 口の周りをみたらし団子のタレやあんこなどでベタベタにしながら食べ続ける赤城。……本当に食い意地の権化だ。


「奏多君も食べてよ!特にみたらし団子おいしいから!」

 目の前にみたらし団子が一本向けられる。……こうなったら食べるしかない。こいつが自分の金で買ったんだから。

 一口噛みしめる。甘辛い、香ばしいタレと、団子のもちもちした食感が口の中で広がる。


「ね!?」

「あぁ、確かに……」


 こいつは食べ物が関わった時、特にいい顔をする。それは昔から変わらないし、今もずっとだ。その明るさに励まされたことだってあるし、何より食べ物自体に執着心がすごいからな……

 ・

 ・

 ・


 ……今すぐ変えろって言う方が無茶か。


「しょうがないな……買っていいぞ。ただし俺の分も買ってくれ」

「え!?いいの!?」

「ああ、俺の分の金は今渡すから」

 そして200円を渡す。


「ありがと~奏多君!早速」

「2個だぞ」

 右足を踏み出し、そこで動きを止める赤城。そして……


「な、なんで……10個くらい頼もうと思ってるってわかったの……?」

「わかるわバカ野郎!てかマジで殴って止めるぞお前!」


 ……その後、ご両親に夜食は春雨のみ。ごはんのおかわりは2杯までを徹底してもらい、赤城の体重は元に戻ったようです。


───────────────────────


「うう……」

 焼き芋屋の前でひと悶着する灰島と赤城の背後から、自動ドアを開け黒嶺が現れる。


「ごめんなさい、お姉様……でも、赤城さんを見てどうしても食べたくなったから……!」

 コンビニで売ってある、『大好物の』かつ丼を手にしながら。




問44:次の言葉を英語に直しなさい。

 『恋は盲目』

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