第65話 かわいい

「うわああああああん!」

 年始の休みが終わり、白枝診療所には風邪をひいてしまった子供がいる。


「よし、じゃあ次は喉見せてもらおうかな。ボク、あーって言えるかなァ?」

「嫌だ!怖いもん!」

 子供には知らない大人の前で口を開けることですら恐怖だ。


「ほらボク、風邪をやっつけたいんだろ?そうするにはまず、お兄さんの言う事を聞くんだ」

「やだやだやだ~!」

 泣き叫ぶ子供。


「こら!かずき!いい加減言う事聞かないと、後でゴーゴーレンジャーのおもちゃ買ってあげないよ!」

「嫌だ!だってかわいい看護師さんいないもん!ママが言ってたから来たのに!」

 いや、看護師のかわいさで行く病院決めてるのかよ……マセガキめ。仕方ない。ここは一番若い女の子であるオレが……

 と、一歩力強く踏み込み、話しかけた時に……事件は起こった。


「ボク、ちょっといいかな?」

「!?」

 男の子はおとなしくなった。……が、それは恐怖的な意味だった。


「お、男の人が……女の人の帽子被ってる……!?」


 ガーン!


「コラ!見ればわかること言うんじゃありません!……すいません。女の人と間違えるわけがないですよね」


 ガガーーーン!!


───────────────────────


『午後 休診 夕方からの診療はPM17:00より再開します』


「……と、言うわけなんだ。すまないねェ灰島君に梓ちゃん」

「いえ、俺も本屋に用があった帰りですし。それより……」


「オトコ、ヒト……マチガエル……ワケ……ナイ……」

 白枝はわかりやすく白目をむいて、ビクンビクンと痙攣している。


「まぁ、すずっち……確かにかわいさとは無縁そうだもんね」

「おいおい……わかりやすくトドメさしてやらないでくれよ……あながち間違いではないけど」

「出さんも赤城もナチュラルにトドメさすのはやめろ」

 しかし……確かにそうかも知れないが、これは白枝にとっては問題になるだろう。


 ――昔から体力だけは後れを取らないようにしようって思って、色々鍛えた結果がこれだよ。腹筋バキバキで腕力こぶ、足太ましくて胸はねぇ。おまけに口調が『オレ』。こんなオレに女の子の魅力なんて……


「とりあえず、俺はちょっと用事があるからね。3人で仲良くしといてくれるかい?」

「わかりました」

 俺と赤城で出さんを見送ると、部屋の中には白枝を含めた3人が残された。暖房が緩く効き、状況なら軽くうたたねでも出来そうなくらいの暖かさだ。


「なぁ、赤城、お前の方がこういう問題に敏感だろ?助けになってもらえるか?」

「うん……でも、あたしに出来るかなぁ。そもそもどうなりたいの?すずっちは」

 ようやく意識を取り戻したようで、白枝がハッとこちらを見る。


「そ、その……わかんねぇんだ。{かわいい}ってのが」

「かわいい……ねぇ。白枝はどうありたいんだ?」

「……男として見られたくないとか、そんな感じかな。オレ、一応女だし……口調変えたら何とかなるかなって思ったけど、なんかうまく行かなくて……」

 真剣に悩んでいる様子の白枝。ここは変な回答は出来ないな……俺は少し考えた後、


「じゃあ、今できる最大限の{かわいい}挨拶をやってみろよ」

「はぁ!?」

 当然ながら立ち上がって驚く白枝。


「うん!まずそこからだと思うよ!ついでにすずっち、一人称も{オレ}から変えてみようよ!」

「あ、梓まで……!?く、くそ、笑うなよ……!?」

 2度咳き込んだ後、白枝は立ち上がる、そして……


「わ……わたしの名前は白枝 すず。診療所で看護師手伝いをやっているでごわす!こ、今後ともよろしくお頼み申し候!(裏声)」


 ・ ・ ・ ・ ・


「……」「……」

「……お、お前のせいだからな!?梓!お前のせいだからなあぁぁ!?」

 ……これは、思ったより重症だ……


「そ、そうだね……まず、簡単なかわいさを学んでみようよ」

「簡単なかわいさ?」

「例えば……奏多君を誘惑してみるとか!」

「「……!!?」」

 俺と白枝は、共に頭から湯気をだした……


「ばっばっばっばっばっばっばっバカ言え!?オレが灰島なんか誘惑してどうすんだよ!こいつを落とすのか!?落とすのか!?」

「そう言う感じ!その意気だよすずっち!」

 俺の方を向く白枝。顔は真っ赤になり、もはや紅白枝だ。……いや、何言ってるんだ俺!?俺こそ落ち着け俺こそ。


「……い、行くぞ、灰島……」

「誘惑するんだから、{奏多}呼びの方がいいんじゃない?」

「え!?じゃ、じゃあ……行くぞ、{奏多}……」

「……こ、来い」

 ごくりと生唾を飲み込む……白枝。俺より白枝の方が慣れていないのだろうか……

 そして白枝は俺に向かって背中合わせに立った後、尻を突き出し、後頭部に腕を回して……


「う、うっふーん……」

「……」「……」


 ・ ・ ・ ・ ・


「……さっきもそうだが放置プレイは勘弁してくれねぇかマジで!?」

「わ、悪い悪い。お前、結構いい体してるなって思って……」

「あ、当たり前だろ!昔から鍛えてるし……って、いや、今のポーズどうだったんだよ!」


 ・ ・ ・ ・ ・


「そんなことより、やっぱりすずっちにはかわいさというより色気が足りないんだよ!」

「そ・ん・な・こ・と・よ・り!?」

 色気が足りない……というのは確かに。正直今のポーズもどう言っていいか困った。あれが……例えばアイドルとかなら多少は色気もあっただろう。


「大体すずっちはかわいさと色気を勘違いしすぎ!かわいさって言うのは相手を誘惑するためにあるものじゃないよ本来!」

「「じゃあその勘違いはお前のせいじゃねぇか!?」」

「だからこそっ!すずっちはまず、基礎的な{かわいい}を覚えるべきだよ!」

 すると赤城はあるものを取り出した。猫耳のカチューシャだった。


「ほら、まずこれ付けてみて!」

「お前なんでそんなの持ち歩いてんだ?」

 俺のツッコミどこ吹く風、赤城はそのカチューシャを白枝に付ける。白い髪とは不釣り合いの、黒い猫耳が頭に生え、白枝という人間を盛り立てる。


「次、これ言って!」

「……はあぁ!?おかしいだろお前!?なんでこんな言葉言わねぇといけねぇんだよ!?」

「え!?去年のハロウィンではアビスの{シャルロット}って店員さんが言ってたよ!?」


「「黒みっ……!」」


「……え?黒蜜がどうかしたの?」

「「な、なんでもない……」」

 そうか、こいつはシャルロットの正体が黒嶺であることを知らないのか……てかハロウィンで何てことをやってたんだよ黒嶺!


『お、お金のためです!』


「……とにかくやってみて。きっとこれが出来れば男の子なんてイチコロだよすずっち」

「……つまり、灰島に対してやれってことだな……」

 再び緊張からかごくりと唾を飲み込む。


「い、いくぞ、{奏多}」

「……あ、あぁ」

 とりあえず奏多呼びにはもう抵抗がないようだ。


「……笑顔ガカワイイ黒ネコ、白枝 すずチャンダニャア。ヨロシク、ニャーンニャン」


「「真顔で言われても……」」

「あれ、なんだ?放置されないならされないでイラっと来る……」

「それにネコと言うより、トラだよすずっちの場合」


 ――ガオオォォォ!


「誰がトラだ誰が!それにオレはどっちかって言うとア〇レーヌ派だ!!」

 いや、そこ広げるところじゃないだろ……


「……クソ、結局オレには、かわいい女の子なんて無理なのか……?」

 落ち込む白枝に……


「……それでいいんじゃないのか?」

 俺はあえてそう声をかける。


「なっ!?お前、オレがどんだけ悩んでるか」

「分かった上で言ってるに決まってるだろ」

「は……?」

 立ち上がり、白枝の顔をまっすぐに見る。


「無理に{かわいい}を突き詰める必要なんてないんだよきっと。お前は元からかわいいし、それに無理矢理感とか、そういうのがない方がきっとかわいいだろうしな」

「……なっ……」

 急にもじもじしだす白枝。


「何……言ってんだよ。バカ……」

「そういうのだよ!そういうのだよすずっち!」

「え?」

 白枝は今自分が何をしたのかわかっていないのか、俺と赤城の顔を見比べるばかりだ。


「な?かわいさとかの人の魅力は、自分自身で気付いてないだけで、案外誰にでもあるもんだ。だから、無理して探さなくてもいいし、お前自身が普段通りに過ごしていれば気付くもんだ」

「……」

 両手を見る白枝。


「……空気……読ませてないよな……?」

「読むかよ!こういう時に!」

 むしろ空気読んでないのは白枝な気がしないでもないが……とにかくこの言葉は届いただろうか。


「だからお前は、もう少し自分に自信を持ってみろ。そうすれば……かわいさなんて、自然と出るはずだぞ」

「うん!以下同文!」

「お前はまとめるのが下手なだけだろ」

「えへへ、バレた?」

 すると白枝は、やさしい笑顔を見せた。


「……そうかも、知れないな。ありがとう。{奏多}、梓」

「あ?もう奏多呼びしなくていいんだぞ?」

「……ダメ……か?」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の顔は耳まで赤くなった。


「ま、まぁ、俺は白枝って呼ぶけど……お前は奏多でいいぞ」

「……ありがとな。奏多」


───────────────────────


「うわああああああん!」

 夕方からの診断も、子供連れが多かった。目の前にいる子供は、注射を打たれようとしている。


「んー、参ったなァ。どうするか……」

 と、いずにぃが悩んでいたところで……


「……ねぇ、ボク。ちょっとお話出来るかな?」

 オレはあくまで自然体に、そして笑顔で話しかける。


「そのキーホルダー、ゴーゴーレンジャーのゴーゴーレッドだよね!キミ、戦隊ヒーローものは好き?」

「ふぇ……うん、好き。お姉ちゃんもすき?」

「うん。大好きだよ。だから……」

 気が付くと、いずにぃが針を抜いていた。


「ゴーゴーレッドみたく、痛いお注射、我慢出来て偉いぞ」

「あ、あれ?全然痛くなかったよママ!」

「(よくやったな、すず)とりあえずこれで、熱が下がらないようであったら明日も受診してください。ただの風邪だと思うので、治ると思いますが」

「ありがとうございました!」

「またね、ゴーゴーレッドのお姉ちゃん!」

 オレはその親子連れを、手を振りながら見送った。


「……」

「どうしたんだよ、いずにぃ」

「いや、何も?ただすず、なんか垢抜けた感じがあるなって」

 その言葉に対し、照れたように微笑む。オレはこうやって、いずにぃから褒められた事が本当に嬉しかった。


───────────────────────


 ……その日の夜。


「……て、事なんだよ、母さん」

 この日の白枝の事を話す出。


「それはよかったわね。あの子の自信になるといいけど……」

「あぁ、なると……{よかったけど}な」

 そして1枚のプリントを取り出す……



『白枝診療所 閉院のお知らせ』




問42:次の英文を和訳しなさい。

『Did you get a haircut?』

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