第64話 遠くの親戚より近くの他人
両親一行と別れ、俺たちは本堂に続く石畳の上にいた。
「おおぉ~……」
近付いてみると、ますます人の波がすさまじい。ワイワイと人々の声が夜空に反響し、ひとつの祭囃子のようになっている。
その祭囃子をさらにはやし立てるように、ゴォーンと鐘を撞く音が響く。
「人が多いな……あんまり離れんなよ」
「は、はい」
6人でまとまって動く。
「……」
しかし青柳は、どこか浮かない顔だ。
「……あー、先行っててくれみんな」
「え?」
「ちょっと忘れ物してしまったらしいんだよ。青柳」
俺は青柳の腕を取る。
「わ、私、何も……」
「いいからいいから、早く行くぞ」
「ちょっと……!」
青柳の手を無理矢理に引いて、そのまま離れる。
「……」
その時、赤城が何か考えていた事なんて、俺は知る由もない。
参道から離れて、人通りも少ない場所にやってくると、俺はそこで足を止めた。それに従うように、青柳も同じように足を止める。
「灰島君。どうして?」
「どうしてって?」
「……私、別に何も思ってないのに」
俺はその青柳を見て、こうつぶやく。
「お前は嘘が下手だな」
「……」
「本当は俺たちが、うらやましくてたまらなかったんだろう?でも、俺たちが楽しそうにしてたから、あえて何も言わずにおいた。違うか?」
「……違う。……と、以前は言ってたかもしれない」
横を向きながら言う。
「ずいぶん素直に認めるな」
「……うん。灰島君に、わかりやすいって言われたこと覚えてるから。隠しても無駄な気がして」
青柳は指をくにくにと動かしながら、こちらの顔を見上げる。
「クリスマスの時に言ったこと、覚えてる?」
――それに……クリスマスにケーキを食べるなんて、何年もなかったから。
「……ごめんね。灰島君。空気まで読ませてしまって……」
「いいさ。話すことでお前の辛さが少しでも和らぐなら」
「……昔は、楽しかったな……」
───────────────────────
神社に行くたびに思い出してしまうのは、家族全員で最後に迎えた、神社での大晦日……
「母さん!りんご飴買っていい?」
その大声を上げると、母さんはやさしく、私に微笑みかけた。
「いいわよ。あなたもいいわよね。パパ?」
「いや、いいわよね?と言われても、さっき年越しそば食べたばかりだろう?……まぁ、一個だけだぞ?」
「やった!ありがとうパパ!」
りんご飴の向こう側に、私は母さんの笑顔を映し出す。……そう、それも……遠い日。
「ねぇ、凛は何をお願いしたの?」
「私?私はねぇ……母さんとこれからもずっと一緒にいられますようにって!」
「まぁ、嬉しいこと言ってくれるわね!」
母さんは笑顔で言う。……そう、この願いは必ずかなうものだと思っていた。
「じゃあ、母さんはどんなお願いをしたの?」
「わたし?……教えなーい」
「え?ひどーい!私母さんが教えなかったら私も教えなかったよー!」
腕をぶんぶんと振る。でも、母さんは結局教えてくれなかった。
「あ、ずるいわよ凛」
「僕も母さんのお願い聞きたい!」
「俺も!」
私の元に集まってくるきょうだいたち。
「何の話だみんなして」
「あ、父さんは何をお願いしたの?」
「あ?俺か?俺は……まぁ、これからも家族、揃って……仲良く暮らせれば。って思う」
「「「「月並」」」」
一斉に4きょうだいからツッコミ。
「悪かったな!?月並で!」
そう言ったあと、家族全員で笑いあった。……出来れば、こんな穏やかな時間がずっと、ずっと……
「唯!唯ぃ!何故だ!何故俺なんかを置いて、先に逝ってしまうんだ!唯!唯ぃ!!」
集中治療室でむせび泣く父さん。母さんは誰にも、弱みを見せない人だった。教師たちに仕事をすべて押し付けられる形での過労死……それが死因だという。
この大晦日から、わずか1ヶ月後の出来事だった。
「……」
慟哭する父さんを、私はどうすることも出来ないままただただその背中を眺めるしかなかった。それしか……出来なかった。
───────────────────────
「……」
話し終える青柳。……俺は正直に思った。
こいつは……色々と背負い込みすぎだろう。と。
この間の学校でのテストの話もそう。今回の両親の話だってそう。そして、父親に追い詰められている話だってそう。
なんでこいつばかり……こんなにひどい目に遭わないといけないんだ。
「……ごめんね。灰島君」
「え?」
参道の方からにぎわう声が聞こえてくる。その声につられ、俺はスマホの待ち受け画面を見る。日付は1月1日。時刻は午前0時0分になっていた。
「……あぁ。新しい年になったな」
「こんな私のために……そんな瞬間さえも迎えられないなんて……」
「何度も言ってるけど、これは俺がやった事だ。別に後悔はしてない。……それで、その後に父親が豹変したり、きょうだいとも疎遠になったんだろ?」
無言でうなずく。
「……そっか。お前も、大変だったんだな」
「灰島君に比べれば、全然」
青柳は努めてそう言うが、俺にはそうは思えない。何しろ青柳は、現在進行形でこういう状態だからだ。
……だから、俺はこう言った。
「な?みんなもそう思うだろ?」
「……?」
そしてその場所に、4色の振袖が歩いてくる。
「あはは、やっぱバレてた?奏多君」
「大方赤城が、{やっぱり新年はみんなで迎えたい}とか言ったんだろ?悪いな。思ったより長くなった」
「奏多君も、嘘が下手だよ。まぁ、お互いなんだけどね」
すると青柳は……
「……ごめん、みんな。私のために……」
と、うつむく。その言葉に反論したのは……
「ちょっとくらいわがままになったらどうですか?青柳先輩」
緑川だ。
「あなたは自分が{皆さんに迷惑をかけている}と思うから、余計に自分で自分1人で追い込んでしまっているんだと思います。多少のわがままなら、お聞きしますよ」
「大体オレら友達だろうが。その友達を頼らなくてどうすんだよ」
「みんな……」
そして俺が手を伸ばす。
「ほらいくぞ。{凛}。まだ参拝終わってないんだ」
「!?」
青柳は顔を真っ赤にする。
「……なんてな。でも、お前が本当に家族からの愛情に飢えてるなら、俺たちが家族の代わりになってもいいぞ」
「じゃあすずっちがお兄ちゃんね!」
「おう!……って、なんでだよ!灰島いんだろうが!」
ワイワイと騒ぐ4人。
「……」
にこりと笑った青柳。また、いい顔になった。
それから30分程ならんで、俺たちはようやく本堂の賽銭箱の前までたどり着いた。
「ええっと、二礼、二拍手、一礼だよね」
「ここの神社ではそうですよ、赤城さん。年明け最初の参拝ですから、そこはしっかりやらないとです」
「うう……何をお願いしようかな……と、とりあえず先輩たちともっと仲良くなれますようにとか……」
「そんな難しい顔すんな緑川。掛ける願いも届かなくなるぞ」
思い思いの言葉で、その瞬間を待つ。
「……灰島君。何をお願いするの?」
「そうだな……俺は……」
少しだけ考える。でも、正直お願いすることなんてあまりない。なにしろ、俺の1番終わって欲しいトラウマは、去年終わりを迎えたんだ。
……でも、それではよくない。きっと。だから……
「秘密だ」
「むー、言うと思った」
「言うと思ったってなんだよ……俺そんな後ろ暗く見えるか?」
「「「「「うん(はい)」」」」」
「泣くぞ!新年早々大声で泣くぞ!?」
チャリンと一度だけ跳ね返る音が、賽銭箱から聞こえる。直後に賽銭箱の中で、硬化と硬貨がぶつかる音が聞こえる。それを確認した俺たちは、2回頭を下げた後。
パン パン
2度手を叩き、そのまま祈りをささげる。
……先ほどはうやむやにしてしまったが、俺の願いはここで言いたいのはひとつだけある。
(奏多君やみんなと、これからも一緒にいられますように)
(皆さんと、これからも仲良く出来ますように、お姉様のケガが、無事に治りますように)
(先輩方ともっともっと、仲良くなれますようにっ……!)
(もっと勉強うまく出来ますように友達ともっと仲良くなれますようにあとチャンネル登録者5000人くらいになりますようにそれからそれから……)
(この大切な場所が……いつまでも、私のそばにありますように……!)
(俺たちの未来が……願わくば、この5人の未来が、明るいものでありますように)
参拝が終わり、大急ぎで参道に戻ってくる。
「あ、そうだ。言い忘れてた!」
赤城が何かを思い出したように手を挙げた。
「な、どうした?」
「みんな、あれを言わないと!年を明けたら言うべき、あれ!」
「あ、あれですね!」
緑川が察した様子。俺も薄々察することが出来た。
「それじゃあみんな、言うよ!せぇ~の!」
「「「「「「あけましておめでとう!」」」」」」
6人で大声を上げる。不思議と全員に笑顔がこぼれた。
「……」
「……どうした?青柳」
青柳が俺の顔を見上げた後、こう言った。
「なんだか楽しいね!{お兄ちゃん}!」
別に青柳とは血縁関係でもないし、不意に言われた言葉に俺は驚くのが普通だった。だが、それよりも何よりも。
「……あぁ!」
青柳が笑顔になってくれたこと。それが本当に嬉しかった。
……ちなみに。その後……
「……おあぁ、かにゃたかぁ……あけおめあけおめぇ……」
「……」
俺のバカ親父の介抱を、1時間近くやる羽目になったのは内緒にしておく。
問41.『21世紀に入って最も世界で広まった日本語』とも言われている。『愛らしい』『かわいそう』といった意味合いがある日本語を答えなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます