第33話 昇陽祭(4)ジンクスとそれぞれの思い
その夜。
「……てことで、今週は変則的に土曜日にやっちまったけど、みんな来てくれてありがとう!次回は来週の日曜日にやるから、日にち間違えないでくれよ!じゃあ!また来週!」
……カチッ
配信を停止したオレは、椅子にだらんと腰かけた。
「……明日……か」
右の手を見つめる。……本当はジンクスなんて信じないし、ありはしないとさえ思っている。
だが、妙にこの昇陽学園のジンクスは気になっていた。
……なんで……だ?
意中の相手なんて、オレの周りにはいないはずなのに。それなのに。
意中の……相手……
「……!?」
目を閉じると、何故か灰島の顔が思い浮かんだ。オレは慌てて首を振る。……んなわけねぇだろ。よりにもよって、灰島は違う!
ち、違う……違う……ん、だよな。うん。
「……ああぁ!」
大声を上げて無理矢理意識を戻す。……なんだよこの感じ!体ごと宙に浮いてる感じは!
てか、オレみたいな色気もクソもない奴と付き合うなんて……灰島に迷惑だろ。
――2人はまだ付き合わないのかァい?
「……うっせーよ兄貴!大体オレが誰が好きでも構わねぇだろ!?」
「……は?」
「あっ」
大声を上げた途端、部屋の入口に兄貴が立っていた。しばらく部屋の中の時間が完全に止まり、やがてゆっくりと動き出す。
「……まっ、待ってくれ。これは……ち、違うんだ」
「何が違うんだァ?すず。んなことより、風呂沸いてるぞォ?」
「あ、あぁ、悪い悪い」
オレは部屋を出ようとして……
「……素直じゃないなァすず。そんなのじゃ、大事なもん見落としちまうぞォ?」
「うっせー!オレはいつでも純度200%だ!」
自分でも意味の分からないことを言いながら、オレは風呂に向かった。
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「ただいま……」
「おかえりなさい、お姉様」
今日は定例の教員会議があったようで、外出先からお姉様が帰ってきた。
「……その様子だと、今回も」
「……うん」
お姉様はしょんぼりとした目線をしばらくした後、パチパチと自分の頬を二回はたき、
「て、明日は麗華ちゃんの晴れ舞台なのに、こんな事じゃダメだよね!」
「は、晴れ舞台って……茶化さないでください、お姉様。……お母様とお父様は?」
「それがね。お母さんもお父さんも明日は来てくれるって!」
「よかった!」
お父様とお母様は、故郷に残って暮らしている。故郷と言っても、ここから電車で1時間ほどの場所だが。
「つまり麗華ちゃんのメイド姿、黒嶺一家みんなで見れるってわけだよね……ぐへへ、ぐへへへ」
「な、なんですかお姉様、なんだか怖いですよ……!」
はっと気づいたようで、お姉様は顔を元に戻す。……いや、確信犯ですよね?
「ま、アタシは適当にうろうろして、疲れたところでメイド喫茶に寄る予定だから、会えたら嬉しいね!」
「お代はいただきますよ」
「わかってるぅ!」
にっこりと笑う。
「……それで?麗華ちゃんは灰島君の事が好きなの?結局は」
「あっ……」
ドキッとした。……灰島さんの名前を聞いただけで、心臓が軽く弾む様な感覚に陥る。
「……なるほど?」
「な、なるほどってなんですか!だから茶化さないでくださーい!」
「じゃあ聞くけど、もしジンクスが通用して、灰島君が他の人のものになったら、どうする?」
「えっ……!?」
その言葉に少し落ち着きを取り戻して、
「そ、それが、灰島さんの望みなら……確かに灰島さんにはお世話になっています。だからこそ、その方が本当に幸せになれるなら、その選択肢を……」
「ふっふっふ~、悩め悩め恋する乙女!」
「な、悩んでなんかいませんからー!」
私はわたわたと腕を振った。その様子を見てお姉様は、またふふっと笑った。
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「はぁ……」
あたしは淹れたての紅茶を前にして、ため息をついた。
「どうしたんだ?麻沙美」
「明日の事を考えると、少し緊張してきちゃってさ……」
文化祭は自分自身だけの事ではない。クラスのみんなの思いが詰まっているんだ。高校デビューに失敗した時のように、自分1人が傷付けばいい。と言うわけではない。
……いや、あの時も本当は傷付きたくなかったけど。
「なるほど……確かに、私まで緊張してくるな……」
「え?なんでお父さんまで?」
するとお父さんは……
「なにせ、後夜祭の空に舞うランタンの中で、ついに麻沙美が灰島君にプロポーズするのだろう!?すでに同意する気満々だぞ私は!」
「えぇ~~~!?どうしてそうなるの!?」
口を開けるあたし。そして話を続ける。
「あたしが言ってるのは、明日のお化け屋敷が本当にうまく行くのかどうかって話!後夜祭は……まぁ、どうにかするから!」
「どうにかって……さては、私に内緒にしてるんだな!プロポーズの言葉!心憎いぞ麻沙美ぃ!」
「も~!なんでそう言う考えになるの!?確かに……」
……『確かに』?なんでこんな言葉が?
「確かに、なんだね?麻沙美」
「あ、いや、あの……こ、後夜祭は楽しみだけどさ!ってこと!」
必死に言い逃れ。……言い逃れ?何から?
ともかくお父さんは明日上の人との会食だ。だから文化祭には……
「まぁ、明日は私も行くから、そこですべてがわかるというものだろう」
「……え?」
「安心したまえ麻沙美。ちゃんとバレないように変装して行くから!」
当然のごとく固まるあたし。
「……いや、あの、お父さん。……会食は」
「断ったー。いやー、説得に時間かかっちゃったけど、やはり娘のためだしね!」
「……」
「て、事で明日はしっかり見に行くぞ!麻沙美!」
……多分、いや、絶対灰島先輩ならこう突っ込んでる。
……議員の仕事しろよ!!
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「……」
生姜焼きを頬張りながら、少し物思いにふける。
「ん?どうした?梓」
目の前に座っているパパが、あたしの事を見る。
「今日はあなたの大好きな生姜焼きにしたのに、食べたくないの?」
ママも、あたしを心配そうに見つめる。
……うん。ここは……ちょっと相談しよう。
「ねぇ、パパ、ママ。2人はジンクスって信じる?」
「ジンクス?」
……そう言えば、後夜祭のジンクスの事を全く話してなかった。あたしは昇陽祭後夜祭のジンクスの事を出来る限り細かく説明した。
「ほー。そんなことがあんのか。ん?その話をするってこたぁ……梓、おめぇ気になる人がいんのかよ?」
「!?」
口を滑らせた。そう思っていたが……
「なんてな。おめぇ奥手だし、ジンクス使って好きな人に思いを伝える……なんてこたぁぜってぇしねぇよな!」
「む~、パパだってそうらしいじゃん!ママにプロポーズするまでに思い立ってから2年かかったんでしょ!?」
「なっ!?なんでそんなこと知ってるんでぇ!?」
「私が喋っちゃった」
てへっと頭に握りこぶしを乗せるママ。
「一葉ぁ!とりわけ梓には話すなって何回も言ってっだろうが!」
「うっふっふ、ごめんねたっくん!」
笑い合う2人。こう言う時でもイチャイチャするもんなぁ。
「……」
あたしももし、奏多君と一緒になれたら……
「……!?」
慌てて首を何度も連続して横に振る。だから、ダメだって。幼馴染だからって……奏多君の気持ちを考えずに……
「あ?どうした?梓」
「え!?な、なんでも」
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「……」
布団に入りながら、明日の事を考える。
……やるべきことはやった。やった……はず。
「お帰りなさいませ!ご主人様!」
キュピーン!
「今日もあなたのハートに萌え萌え~キュンッ♥」
キラリーン!
……と、何度もゲームの画面に現れる男のキャラの前で言った。大丈夫。きっと大丈夫。今となっては結構。いや、かなり恥ずかしいが。
少し眠れないので、カーテンを開ける。灰島君はまだ起きているみたいだ。
さらに窓も開ける。窓の外の冷たい空気がとても心地いい。
……他の友達の家族は昇陽祭に来るのかな。私は少し羨ましく思った。中さんは来るけど……
「……うーん……」
そしてもうひとつ気になることがある。昇陽祭の、ジンクスだ。
男女2人の幸せな将来……
――どんな噂だろうが所詮はおまじない、ジンクスだろ?信用できるか。
「……」
あれ?なんで灰島君が出てきたの?どうして?
それに、私は最近ずっとおかしい。灰島君を見ているとやたらドキドキするし、なんだか……とにかく、おかしい。
この感情を、なんと呼べばいいのかな。
「……」
ダメだ。眠れない。文化祭に対する期待と不安、そして得体の知れない高揚感が頭でグルグルと回る。
「違う。違う……」
あえてこの気持ちを否定して、私はゆっくりと目を閉じようとする。とりあえず、これははっきりとわかる。
「文化祭……楽しみだな……」
そう口走ると、緞帳のように目蓋が降りてきた。何故だろう。
最近、翌日が来ることがとても楽しみだ。
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翌日……
「お兄ちゃん!がんばってね!」
グッと握りこぶしを作る空。
「オレもママも空も、昼には行くから、その時もし会ったら頼むぞ、奏多」
「奏多の晴れ舞台!アタシ楽しみだわ!」
「いや、俺多分客寄せ……」
でも、期待されていることはいい事か。俺は学校に向かう。
そう、この日は、この日くらいは俺も張り切ろうと思った。俺のためじゃない。クラスのみんなのためにだ。
だからこそ……
……だからこそ……
「……」
黒いペンギンの胴体。そして黄色い太陽を模した頭と、かわいらしい顔。背中には『2-A 焼きそば 中庭』『2-D メイド喫茶 2年D組教室』と書かれた旗を掲げている。
両腕には、いっぱいの2年A組と2年D組の宣伝チラシ。
えっと、なんて言ってたっけな。このキャラ。『将軍ペンライズちゃん』だっけ。
「……」
張り切るベクトルが違うんじゃないかって?
んなもん俺が言いてえわ!!
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