第34話 昇陽祭(5)黒嶺一家と将軍ペンライズちゃん

「なぁにぃ!?灰島君が見つからないだとぉ!?」

 男の怒号が聞こえる。……なんで俺の名前知ってるんだ?


「バカな!?じゃあ風邪をひいて……え?登校したのは確認している?で、ではどうして見つからないんだ!?……う、うむ、そうしてくれたまえ!頼む!」

 男が携帯を切ると、こちらに向かって歩いてきた。……俺に用があるのか?


「あー、君!」

「はい?なんでございます?」

「2年D組の灰島 奏多君と言う人を知っているかな?」

 男はマスクを付け、サングラスをかけている。……正直かなり怪しい……で?なんで俺なんかに用事があるんだ?

 と、まずいまずい。一応俺は将軍ペンライズちゃんだ。語尾には気を付けねば。


「んー、ボクにはわからないペンー。申し訳ないペンー」

「そ、そうか……こちらこそすまなかったね。時間を取ってしまって……ううむ、このままでは私の作戦が……」

 作戦……?


「あ、そうだ。麻沙美からこれを渡されていたんだ。もしよかったら頼まれてくれ!」

 その男は、俺のもったカゴに、1年D組の宣伝のビラを入れた。


「すまないね!頼んだよ!」

 そして走り去っていく男……ん?『麻沙美』?麻沙美……緑川の名前……

 もしかして今の潤一郎さんだったのか!?だったら事情を話して着ぐるみを脱がせてもらえばよかった!

 ……で、なんで俺がこんな着ぐるみを着ているのかと言うと……


───────────────────────


 ……3時間前。


「め、メイド喫茶やってまーす」

 俺を含めた2年D組の男子生徒が、ビラを配っている。それには目も暮れず、無視して行きかう人々。

 これでは俺たちはまるで路傍の石だ。




「はぁ、全然受け取ってくれないな……」

 教室に戻ってくる。

 すでに昇陽祭が始まって1時間が経過している。なのに隣のC組、E組は人が入っているにもかかわらず、D組だけ入っていない。


「だから嫌だったのです。メイド喫茶と言う出し物は……誰も人が来ないにもかかわらずこんなメイド服でずっと教室の中にいる……」

 と、黒嶺のぼやきが……


「これを罰ゲームと言わずに、なんと言いましょうか!」

 すっごい笑顔で聞こえる。


「割には嬉しそうだなお前」

「……」

 不安そうになる青柳。昨日それほど練習してくれたのだろうか。


「とはいえ、これだけ準備したにもかかわらず文化祭誰1人来ないってのは割とトラウマものだぞ……?なにせそのメイド服、お前の金で買ったものじゃないだろ黒嶺」

「うぐっ……そ、それは、確かに……」

 どうしようか迷っている時だった。


「「「話はしっかり聞かせてもらったぁ!」」」


 無駄に息の合った3人の男女の声。


「な、なんだ……?」

「えっ……ま、まさか……」


「ひとつ、人の世、世知辛き!」

 と、少し肌が焼けたウルフヘアの男が言い、


「ふたつ、不憫な麗華ちゃん!」

 これを黒髪でロングヘアの女が言い、


「みっつ、惨めな思い出を、防いでみせよう!」

 これを南條先生。そしてその3人は教室に入ってきて……


「黒嶺家!!」


 ドドーン!


「……」

 え?何、これ。こんな時どんな顔すればいいんだ?


「と、いう事で参上!麗華ちゃんの父、黒嶺 尚樹(くろみね なおき)!」

「同じく参上!麗華ちゃんの母、黒嶺 花蓮!(くろみね かれん)!」

「同じく参上!麗華ちゃんの姉!1人だけ旧姓でごめんね南條 あきら!」

「「「3人そろって!黒嶺家!」」」


 ババーン!


「じゃ、俺ビラ配りもっかい行ってくるわ」

「はい、お気を付けて」

「灰島君、私も手伝うよ」

「お?悪いな青柳」


「「「おいおいおい!」」」

 当然突っ込むのはその3人。


「なんで!ラブリーぷりちーな麗華ちゃんのためにここにやって来たんだぞ!その感謝はないのか麗華ちゃん!」

「そうよ!なおくんがあまりにかわいそうでしょ!?」

「あまりにかわいそうなのは私でしょう!?なんですかこの公開処刑!お父様もお母様もそろそろいいお年なのだから勘弁してください!」

 顔を真っ赤にしながら言う黒嶺。……え?お父様?お母様?


「あ~、ごめんね麗華ちゃん。なるべく静かにしておくように言ったんだけど、昇陽学園が見えてきたあたりで2人とも興奮しちゃってさ……」

「あたぼうよ!愛する娘のためならどこまでも!」

「なんでもやるのが親としては当たり前なのよ!」


 キラーン!


「……なぁ、黒嶺。お前本当にあの2人から生まれたのか?」

「ときどき私も本当にそうか疑問に思う時があります」

 そんな中1人目を輝かせている……青柳。……え?青柳?


「そんなことより!キミたちは困ってるようだね!この出し物に、人が1人も来ないとか!」

「なら、ワタシたちが力になるわ!」

「もちろんアタシも!てことで……」

 3人とも並ぶ。


「「「3名様、御来店しま~す!」」」

「いやお前が言うのかよ!」

 するとその3人の前にやって来た青柳が、こう言った。


「お帰りなさいませ!ご主人様!今日もあなたのハートに萌え萌え~キュン♥」

 と、決めポーズまで完璧に決めてみせた。


「おぉ~!高校生らしからぬ度胸だな!」

「まぁ、それに店内も落ち着いた感じだし、とてもいい感じだわ!」

「ストップストップ」

 止めに入る黒嶺。


「え?どうしたんだ麗華ちゃん」

「あの、こう言ったいわゆる{サクラ}はさすがにやめてください」

「なんでわかったの!?麗華ちゃんって天才なのかしら!?」

 それはもしかしてギャグなのか!?


「その……寄りにもよって私たち生徒が親を使ってサクラをした……なんてバレたら私は校内の笑われ者です」

「あぁ、そうか。ごめん麗華ちゃん」

「現に今も……すごい白い目されてるしな……」

 まばらに行き交う人々から向けられる白い目……と言うかこれはあれだ。雨の日に捨てられた子犬を見る目。


「も~、お父さんもお母さんもわかってないなぁ。そんなんだから麗華ちゃんに嫌われるんだよ~」

「「何ぃ!?」」

「あ、嫌われてるのは嘘だけど」

 と言いながら、教室の中を適当にうろつく南條先生。


「とはいえ……麗華ちゃん補正なしにしてもそんな悪いと思わない出し物だけどなぁ。いいとも思わないけど」

「さりげなくトドメさそうとしないでください」

「ん~、そうだ。灰島君なら体力あるかな?」

「まぁ……」

 別に体育が苦手なだけで、走り回ったりしなければ体力はあるほうだとは思う。俺ははいと言いながらこくりとうなずいた。


 ……今思えば、この時点で嫌な予感はしていた。だから断ればよかった。


 そして誕生したのが……『将軍ペンライズちゃん』の着ぐるみ姿の俺である。


「題して!{着ぐるみ宣伝大作戦}!」

「は、灰島さん……?!」

「いや~、まさかアタシが学校にいた頃に使ってた将軍ペンライズちゃん!まさか体育館で保管されてたなんて思わなかったよ~!」

 背中には外に宣伝のために設置していた旗を背負っている。


「えっと……灰島君……だよね」

「……」

 本当は喋りたくないが……仕方ない。


「……あぁ、俺だぞ。灰島 奏多」

 出たのは、女の子っぽいかわいらしい声。


「むむ~、ダメだよ灰島君!」

「あ、着ぐるみだから喋っちゃダメですよね?でもボイスチェンジャー入ってたんで……」

「将軍ペンライズちゃんは……」


「一人称が{ボク}で、語尾に{ペン}ってつけないと!」

「今から風邪ひかねぇかな」

 とはいえ、確かに商店街でも着ぐるみを付けたお店の人が宣伝に出ることはよくある。これで多少効果は出るだろうか?


「てことで、彼に宣伝してもらうってことでいいかな?大丈夫!今はあまり効果なくても、お昼から効果出る……はず、だから!」

「ここまで身を削って{はず}止まりなんですか!?」

 ジーっと眺める南條先生。……あぁ、もうめんどくさい!


「こ、ここまで身を削って{はず}止まりなんだペンかぁ!?」

「ま、実際にうまく行くかはわかんない……から」

「じゃあ最初からやめといてくださいよ!……くださいペンよ!」

 俺も割とノリノリだ……


「……灰島君、大丈夫。あとで私も合流するから」

「あ、ありがとうペン青柳……」

「ごめんなさい、灰島さん。姉さんが余計なことを……」

「ま、それでうまく行けば御の字ペンよ」

 そして宣伝チラシを持って俺はぴょこぴょこと、青柳はゆっくりと教室を出て行った。




「メイド喫茶ー!メイド喫茶やってるペンよー!」

 ……『事実は小説より奇なり』とはよく言ったものだ。

 両腕に持ったビラは結構な勢いでなくなっていき、この学校に親に連れられてやって来た子供たちからも人気が出た。

 これで客が入るといいんだが……それにしても割と動きやすいなこの着ぐるみ。将軍ペンライズちゃん、侮りがたし。


「どうすんだよマジで~~~!!」

「!?」

 中庭の方に歩いてくると、白枝の大声が聞こえた。俺はいてもたってもいられず、そこへ急いだ。


「白枝!」

 中庭にやってくると、そこには白枝と赤城、そして……見覚えのない女の子がいた。


「どうしたんだよ白枝!」

「……あ?」

 ……あ、しまった。俺は今将軍ペンライズちゃんだ。白枝の冷たい視線が飛ぶ。


「お前……」

「え!?あ、いや、その……」

「灰島か?」

 お前もしかしてエスパーか!?


「な、なんでわかったんだ!?」

「いや、その旗に2年D組って書いてるし、オレの事知ってるそんな着ぐるみ着れるような体力ある男子って言ったら灰島しかいねぇだろ」


 ……あ、言われてみれば確かに……


「へ~、がり勉君ってそんな趣味あったんだ」

「趣味じゃねえぞ断じて!」

 ダメだ、こんな声で言うから迫力がない……


「それより大変なんだよがり勉君!」

「そうです!大変なんすよがり勉さん!」

「大変?」


 ・ ・ ・


「てか赤城はともかく初対面のお前までがり勉って言うな!」

「あ、す、すいません……」

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