第32話 昇陽祭(3)高揚感と緊張感

 昇陽学園文化祭『昇陽祭』


 開催まで、あと1日。


 この日は土曜日。普通なら学校は休みなのだが、文化祭の準備のために今日も学校に来ている。

 多くの生徒がベニヤ板にペンキを塗って着色したり、何かを設営したり、台車で物を運んでいる。

 そんな中、俺たち2年D組はと言うと……


「「「「おぉ~……」」」」

 届いたメイド服を黒嶺と青柳を始めとした、女子生徒たちが着ていた。……黒嶺も青柳も、2人とも顔を真っ赤にしている。


「いや~ありがとうございます!マジでありがとうございます!」

「永久保存版だろこれ!マジで!」

 騒ぎ立てる男子生徒。……ま、まぁ……気持ちはわからんでもないが……


「……あまり見ないでください。明日穴が開くほど見られるでしょう?心配しなくても」

「……辛い」

 青柳の一言が重すぎる……が、明日俺は客寄せをするんだ。今のうちに焼きつけておきたい。

 黒嶺は似合うな。普段からそう言うバイトしているからだろうが。青柳は……なんというか、人形みたいでとてもかわいい。


「……!」

 目を皿にするこっちの視線に気付いた青柳は……


「……」

 涙目。……す、すまん……


「とにかく、これでいいですよね。続きはまた明日です!」

 黒嶺率いる女生徒たちは、全員いそいそと教室を出て行った。


「いや~、今日は頑張れるな。なぁ灰島」

「……まぁ、同意は出来る」




 そのまま会場の設営にかかる。と言っても教室の中はそれほど広くないので、厨房がわりに家庭科室を使う。

 他のクラスも家庭科室を使うので、ごちゃごちゃしないよう気を付けないとな。

 10分ほど経って。女子生徒が戻ってきたところで、俺も戻ってくる。


「看板用の板、持ってきたぞ」

「お……おかえり、なさい、ませ。ご主人、様……」

「!?」

 戻ってきた俺に、青柳が上目遣いで声をかける。


「……」

「……ど、どうしたの、灰島君。やっぱりダメ……?」

 こ、これはいかん……目線が健気すぎるし、言い方がニッチ感あふれてる……妹系って言うか、そう言うのが好きな人イチコロだぞ!?

 で、でも、なんて声をかけるべきだ?ここは……


「ちょっ灰島、後ろ詰まってるぞ」

「あ、悪い」

 俺はリボンの塊を持った男子生徒を通し、俺も中に入っていった。


(……スルー!?)


 机を4つ合わせて並べ、椅子も並べ、机にはテーブルクロスを敷き、着実に教室の中をメイド喫茶に変えていく。

 カリカリと、チョークで黒板に絵や文字を書いていく。


「ふう、これでいいですかね」

 黒嶺は紙を手に取ると、それを見つめた。


「何書いてんだ?」

「メニューです。やはりかわいらしいお店だからかわいらしいメニューを考えたんですが」

 メニューを見ると、とてもかわいらしいメイドが描かれていた。


「これ、お前が描いたのか?」

「えぇ。お姉様も私も、手先の器用さはお父様譲りなので」

 そしてそのメニューを見ると……


 癒しの黒く冷たき雫(アイスコーヒー)

 癒しの黒く熱き雫(ホットコーヒー)

 癒しの紅く冷たき雫(アイスティー)

 癒しの紅く熱き雫(ホットティー)

 母思う白きせせらぎ(牛乳 ホット&アイス)

 たわわ実りし燃え上がる炎の雫(オレンジジュース)


「……黒嶺」

「え?」

「普通の商品名にしてくれ」

「……ですよね」

 いや、ずれてるって意識あったのかよ。




 ひと通り設営が進んだところで……


「あれ?灰島さんどちらへ?」

「悪い。ちょっと緑川と赤城と白枝の様子見てくる」

 どの道メイド喫茶の店内が出来上がったら俺たち男子はあまりやることはない。それにメイド役の女の子の練習の邪魔になったらいけないし。

 そう思い、俺は教室を出て……


「あぁ、灰島先輩!」

 いきなり老婆のような声に呼び止められた。


「ん?」

 振り返るとそこに立っていたのは……骸骨の仮面をかぶり、体中を釘で刺され痛々しく血を流した人物……


「ぎゃああああああああ!!」

「わ!わ!わ!逃げないでください!あたしです!緑川です!」

 み、緑川!?


「お、お前……驚かすなよ!」

「ごめんなさい。こう言うのしたことないからテンションあがっちゃって……あ、言うまでもなくこれはあたし用の衣装なんです」

「言うまでもないなら最初から言えよ!?」

 そして仮面に手をかける。


「声だってこの仮面に内蔵された」


「ボイスチェンジャーで変えてるんです」

「最近はボイスチェンジャー内蔵とかもあるのかよ……よく出来てるな」

 俺はお遊びでそれを付けてみた。


「灰島さん!どうしたんですか!?さっきすごい大きな声が……」

 そこへ黒嶺と青柳が教室から出てくる。


「あぁ、青柳、黒嶺。最近の仮面ってすごいよな。こんな風に声変えれるぞ」

「……本当だ。面白そう。……そして緑川さんその姿はどうしたの?」

「これには深いわけが」

「お化け屋敷やるだけだろ」

 そう話している中、黒嶺は何も話さない。


「あれ?黒嶺先輩?」

「……」

「どうした?黒嶺」

「……」

 違和感に気付いた青柳は、黒嶺の顔の前に手をかざしてみる。


「……気絶、してる」

「「……」」




 黒嶺が起きるまで介抱した後、俺は中庭にやって来た。あいつお化けが苦手って……よくヴァンパイア喫茶出来るな……


「あ!ありめんふん!(あ!がり勉君!)」

 赤城が口の中を焼きそばでいっぱいにして言う。


「食ってから言えよ!……てかいいにおいだな」


 ごくん。


「うん。すずっちのお兄さんに車で買い出しのお手伝いしてもらったの。ちなみに今はB組とE組の買い出しに行ってるよ!」

 奥に向かうと、ソースの香ばしいにおいが漂ってきた。


「よぉ。灰島。見に来てくれたんだな。ありがとう」

「さすがお前、料理がうまいな」

「ま、それほどでもある」

 そう言いながらプラスチック製の箱に焼きそばを入れる。


「ほら、お前も食えよ」

「いいのか?」

「特別。と言っても、本番とは多少味付け変えてっけどな」

 ズルズルと焼きそばを口に運ぶ。正直動き回って小腹が空いていたのでありがたかった。


「うまっ!?なんだよこれ!?」

「ふっふっふ~、オレの事見直してくれても構わねぇんだぜ?」

「いや、マジでこれで味変えるってもったいなくないか……?」

「もう何人かに振る舞っちまってんだよ試作品。学校と無関係の奴に売るのはもちろんだけど、この学校の奴らにもうまいもん食わせてやらねぇとな」

 そう言うと白枝は、頭に巻いていたバンダナを取り、もう一度結びなおした。


「お、灰島君じゃないかァ。久しぶりだねェ」

「兄貴。もう戻ってきたのか」

「あァ。近場で揃えられたからねぇ。明日も任せてくれよォ」

「ありがとな」

 そして白枝の兄は俺→白枝の順で目線を送った後、


「で?」

「ん?」

「2人はまだ付き合わないのかァい?」

 2人とも前にコケそうになる。


「あ、兄貴!からかうんじゃねぇ!いいから早くその手に持ってる奴渡してこいオラァ~~~!」

「あははァ、すずは手厳しいなァ。ま、後夜祭のジンクスもあるし、一気に距離を詰めるチャンスだと思うよォ?」

 そう言いながら、白枝の兄は去っていった。


「だからんなんじゃ……あぁーもう!」

「こ、個性的な兄貴なんだな……お前の兄貴……」

「個性的じゃねぇ。あと、白枝 出(しろえだ いずる)ってちゃんとした名前あるからそっちで呼んでくれ。なんか別の人に兄貴呼ばわりされるのは癪だ」

 焼きそばを食べきった俺に、空き容器を渡すよう催促。


「後で捨てとくから、お前も自分のクラス戻っといていい。とりあえず青柳と黒嶺と緑川には、ちゃんとやってるって伝えとくし」

「あぁ、悪いな」

 戻ろうとしたところで、『おーい』と赤城に呼び止められる。


「なんだ、赤……城!?」

 両手にフランクフルトと焼きトウモロコシと綿あめをもち、口にはタコ焼きのつまようじをくわえていた。


「食ってから呼べー!」

「ほへ?」




 その後特に何の連絡もなかった赤城を放っておいて教室に戻ると、


「も、萌え萌え……キュン……!」

「も、ももも、もも……」

 ……青柳と黒嶺が悪戦苦闘している。


「「……」」

 そして、2人揃って絶望。


「青柳はともかく、黒嶺がうまくできないのは意外だな……」

「どういう意味の意外ですか!?」

 と言ってもこればかりは明日のぶっつけ本番にかけるしかない。なにせ相手はこの学校の生徒たちだけではないのだから。

 いや、待てよ。むしろ黒嶺は学校の生徒でない方が落ちつけるんじゃないか?持ち前のカーミラ力で。……カーミラ力?


「ご、ごめん、灰島君。足、引っ張っちゃったら……」

「……」

 すると俺は首を横に振った。


「構わないぞ」

「え……?」

「そもそもお前がやりたくないことを一生懸命にやろうとしてる時点で、その努力は笑わないし笑わせないさ。もちろん、黒嶺もな」

「は、灰島さん……」


 ドクン……ドクン……


 2人して顔を赤くする。


「あれ?どうした2人とも。熱あるのか」

「「ちっ」」

「違う!」「違います!」

 息ぴったり。まぁ、この2人の事だ。しっかりやってくれるだろう。

 これであとは明日を待つばかりとなった。……高校に入って初めての文化祭だ。否が応にも緊張する。


 ――その昇陽祭の後夜祭、最後に皆の明るい未来を願うためにランタンを空に飛ばすんです!その時に手を握っていた男女は、幸せな将来が約束されるって噂があるんですよ!


 緑川のジンクスの話が、また頭の中で再生された。

 ……いや、待て待て。後夜祭なんかより今は文化祭自体の方が大事だ。

 俺は自分自身の頭に芽生えた選択肢を否定して、再び教室の中に視線を向けた。

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