第27話 蟻の穴から堤も崩れる

 翌日昼休み、俺は怪しまれないように紫原の後をつけることにした。

 ……黄瀬からあんなことを聞いた後なんだ。絶対に失敗できない……そう思いながら自分のクラスの教室を外から眺める。


「灰島君?」

「?……(ザザ)先生」

 ?……今、ノイズみたいな音が……?


「こんなとこでなにしてんの~?」

「あ、いや、その……」

「あ、さては恋だね?気になる女の子がクラスの中にいて、それで……」

 う……否定はできない。


「……ま、青春って言うのは謳歌してこその青春だからね~?頑張りたまえよ~若人!」

 先生はスキップをしながら、俺から離れていった。……でも、なんだこれ……この先生に、最近あった覚えが……あるような、ないような……


「さてと……」

 と、紫原が立ち上がり、どこかに歩き出した。俺はそれに気付かれないように歩き出す。


「……」

 黄瀬がこちらを向いて、指を立てる。そう、あいつを追い詰めるんだ。黄瀬のためにも。そして自分のためにも。




 後を付けているうちに、校長室の前に来る。……その時だった。


「いくらなんでも、それは納得できません!」

 先生の声……?


「……いや、(ザザッ)先生の言う事ももっともなのだが……僕たちにも怖いものがあってね……教育委員会の委員を務める紫原家の父のためにも」

「そうやって黒いものを白と、白いものを黒と言うのがこの学校のやり方なんですか!?アタシはそんなやり方に賛同なんてできません!現に何人もの女の子が、被害を訴えでているんですよ!?」

 聞いたことがないような剣幕だった。大声がたまに金切り声のように俺の耳にまとわりついて、独特な音を反響させる。


「わかりました、では……紫原君が何をしてもアタシたちは見て見ぬふりをしろと。そう言いたいのですね」

「そう言っているわけではないよ」

「言っているではないですか!」

 ……ともあれこれで証拠も揃った。他でもない校長と先生の証言もあるんだ。俺に負ける道理はない。

 視線を元に戻す。紫原はすでにいなくなっていた。

 俺は大急ぎで階段に向かった。




 その結果、ついに紫原を見つけた。……しかも……


「ふふふ……」

 女子更衣室に通じる廊下前で。


「何かいい事でもあったのか?」

「!?は、灰島クン!?」

 驚いた様子の紫原。


「何驚いてんだ?ただ聞いただけだろ」

「な、何故こんなところに」

「いや?別に用事はない。……そう言えば5時間目は、どこかのクラスの体育か?」

「何のことだね……変な言いがかりはやめたまえ!」

 相当焦っているな……


「だから言ってるだろ?俺は普通に話してるだけだ。{変な言いがかり}ってなんだ?」

「!?」

 紫原からスマホを強奪する。


「な!返せ!返したまえ!」

 そして先ほどまで見ていた画面を見ると……やっぱりだ。


 そこに写っていたのは、着替えていた女の子をスマホで撮った写真の数々だった。


「へぇ……これを撮ってたのか。噂通りだったな」

「なっ、ち、違う!ボクは何も」

「何が違う!?こんな画像を撮ってたのは事実だろうが!」

 語気を強める。体育の授業で着替えていた男子生徒や女子生徒が、相次いで出てくる。


「え……盗撮……?」

「最低じゃねぇかあいつ……」

「香澄ちゃんから聞いた話、本当だったんだ……」

 そして一斉に喋りだす。その声は紫原に対する憎悪、嫌悪感、絶望。


「ち、違う……!違う違う!?こ、これは……そ、その……」

「何が違うんだと言ってるんだ!この画像を見れば……わかるだろ!」

 スマホを操作し、その画像を背後にいる生徒たちに見せつける。

 そして紫原に掴みかかる。制服を掴んで、壁にじりじりと追い詰める。ギリギリと、その制服を握りしめる音が強く、そして重くなっていく。

 周りの生徒たちは、三者三様なリアクションを取っている。

 手で口を押さえる女子、驚きのあまり立ち尽くす男子、キョロキョロと見回すことしかできない女子、そしてむしろはやし立てる男子。


「なんの騒ぎだ!」

 体育の先生が運動場側からやって来た。


「先生!実は……」


 俺は紫原が女子生徒の着替えを盗撮していたこと。それが多くの女子生徒から被害の訴えが出ていたことを言った。


「何!?紫原、本当か!?」

「あっ……あうっ……!」

 これで決まりだ。黄瀬のために、俺は盗撮事件の真相を突き止めることが出来た。これで黄瀬に喜んでもらえる。

 そう思っていた。……そう、油断していた。


 そう、紫原 拓人と言う人間を甘く見ていた。


「がっ……あ、あの……」




「ボクがやったんじゃない!やったのはあいつです!」




 ……は?


「ボクはあいつの頼み通りに、やりたくもなかった女の子の着替え姿を盗撮しただけです!あいつのスマホには女の子の画像が大量に残っているはずです!ボクはあいつの命令通りに動いただけだ!」

 苦し紛れの言い訳だ。


「何言ってんだお前……この期に及んでまだシラを切るつもりかよ!」

「黙れ!お前がやった証拠だって、このスマホに残っているんだぞ!」

 そう言いつつ、スマホを見せるだけの紫原。往生際の悪い奴め。そう、思っていた時だった。


「灰島ぁ!」


「お前は紫原に盗撮をさせた上に、あまつさえその罪を着せるつもりかぁ!?」

 ……え?


「社会を……甘く見るなぁ!」

 平手打ち、俺は予想もしなかった一撃で、吹っ飛ばされた。


「いいか!?お前がやっていることは犯罪行為だぞ!それから逃れようとして、嘘をついていい結果が出ると思っているのか!」

「ち、違います!俺は何も」

「弁解は聞いていない!それとも反省する気がないのか!」

 それに発破をかけるように、


「ふん……よりにもよってボクのせいにするとはね……ボクは涙が出そうだよ……!」

 紫原が、悪役面をする。


「な、何言ってんだよお前!お、おい!みんな!見ただろ!こいつの悪事を!」

 ちゃんと画像を見せた生徒たちは、言う事を聞いてくれると思った。……そう、妄信していた。


「嘘、だよね、灰島君……信じらんない……」

「お前……こんだけやってただで済むと思うなよ……?」

「……」


 ……どうやら、俺はこの世の中を侮っていたようだ……


「は、話を聞いてくれよ……!」

「やだ、近付かないでよ!」

「ヘンタイ!二度と近付いてこないで!」

 一斉に俺に対する罵倒や、殺意にあふれる視線が注がれる。

 まるで光に焦がれる虫のように、手を伸ばそうとする。が、その瞬間強い力で引っ張られる。


「いいからこっちにこい!」

 俺は体育の先生に、右腕を引っ張られた。

 その最中……


「灰島君と……田中先生!?」

 あの女の先生がいた。女の先生は、体育の先生に何か言われている。


「……嘘、でしょう?」

「嘘なんかじゃないです!とんでもない奴でしょうこいつは!こいつは!」

 また左の頬をぶたれた。……見たところ、俺が盗撮をした。と信じて疑っていないのだろう。


 ――ま、青春って言うのは謳歌してこその青春だからね~?頑張りたまえよ~若人!

 ――そうやって黒いものを白と、白いものを黒と言うのがこの学校のやり方なんですか!?アタシはそんなやり方に賛同なんてできません!現に何人もの女の子が、被害を訴えでているんですよ!?

 ――わかりました、では……紫原君が何をしてもアタシたちは見て見ぬふりをしろと。そう言いたいのですね。


 ……なんだ。あいつを疑ってなんかいなかったのか。この先生も。

 なんだ。俺に味方なんか……誰もいないのか。


 ……どうせ黄瀬も……そう思ってる。




 『俺が盗撮するよう紫原に指示をした』紫原の紫原による紫原のためのその噂は瞬く間に学校中に広まった。

 俺が説教や監禁を受けているうちに、俺に対する風当たりはものすごく強くなっていた。

 ようやく帰ることが許されたのは、その日の午後5時だった。ふらつく足取りを、何とか保持しながら家に帰ろうとする。


「……」

 俺の下駄箱はガムテープで目張りされ、やっとの思いで剥がすと……そこから、俺の靴が現れる。……下駄箱の中ごと、大量に落書きされた状態で、。

 ……なんで、なんで、なんでこんな目に。


「……」

 電話がかかってくる。黄瀬からだった。


「もしもし……」

「……奏多君」

 黄瀬は暗い声をしていた。


「奏多君が、拓人君に盗撮を指示してた……それは、本当なの?」

「……」

 『違う。俺じゃない』その言葉が出かかっていた。でも……でも……


「……」

「……何も言わないんだ」

 黄瀬は絞り出すように言った。


「奏多君。わたしのせいで」

「やめてくれ」

 俺は小さい声でそう言うのに精いっぱいだった。


「お前が俺に電話をかけてた……それがバレたら、お前まで停学処分を受けるかも知れないぞ」

「……」

 それだけを言うと、俺は静かに電話を切った。


 こうして俺は……1人になった。


 この無期限の停学処分に納得がいかないと、親父と母さんが学校に翌日電話をした。だが、学校から返ってきた答えは……こんなふざけきった答えだった。


「でも、紫原君が盗撮をしたという証拠もないのに問い詰められませんよ。それに……仮に、万が一そうであったとしても、見逃してもらえませんか?」


「紫原君のお父さんは教育委員会で委員をやってるんです。その息子が女の子の盗撮をやっている。そんなことが国会でやり玉にでもあがったら、わが校のブランドは地に落ちます」


「あなた方が勝ち目のない罪で訴えられるなんて、嫌でしょう?」


 ……半笑いだったらしい。


 その日以降、学校からは毎日のように反省文の催促が届いた。

 反省文?冗談じゃない。なんで何もやっていない俺が反省なんてしないといけないんだ。意味が分からない。

 もう、俺に味方なんていないんだ。もう、どこにも。

 それから半年後、結果的に俺は、昇陽学園への転入が決まった。

 でも、その傷は……その、心の傷は……


───────────────────────


「!?」

 俺は跳ね起きた。……なんで、こんな夢を見てしまったんだ……?

 ……まぁ、最近は……しょっちゅうか……


 1階に降りると、そこには空がいた。


「あ、お兄ちゃんおは……何だか顔色悪いよ?」

「……なんでもない。悪いな。昨日眠れなくて」

「……」

 空はこちらを心配するような顔を見せた。……心配させてしまったか。

 もう、過ぎたことだ。いつまでもトラウマを引きずることはやめよう。……それが、いいはずだ。


───────────────────────


「……」


『子供に寄り添う教育を 教育委員:紫原 健人(むらさきばる たけひと)』


「何が……何が子供に寄り添う教育なの……!」

 ウェブニュースを見ていたその『人物』は、握りこぶしを作って歯ぎしりをした。




問27.『仕事』『業績』を意味するドイツ語が語源とされている、企業により雇用される従業員または労働者を指す俗称を答えなさい。

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