第28話 アルバイト

「アルバイト?」

 俺が聞き返すと、青柳はこくりとうなずいた。


「うん。その……ど、どうしても、欲しいゲームがあって……」

「あぁ、あのゲームか。俺も欲しいと思ってたんだ。まぁ、校則ではアルバイト禁止にされてないけど……だよな。黒嶺」

「えぇ。ただ、あくまでご自身の体の方を優先するようお願いしています」


(と言いつつ私は今週週5で働いてるんですけどね……)

 ――フハハハハハハハ!


 何故か目をそらすように左上を向いていたのを覗き込むと、『なんでもないです』と黒嶺。


「でも、りんりんどこでアルバイトするの?」

「実はもう面接してもらって、土曜日に……と言っても、平日は学校行ってからは大変だから、週末だけだけどね」

「学校の休みの日にアルバイトなんて、青柳先輩、すごいです!」

 キラキラした目を向ける緑川。確かにすごいな……ただ体力がないのに大丈夫だろうか?


「で?どこで働くんだよ。教えてくれりゃ、差し入れのひとつでも持っていってやるよ」

「ん……コンビニなんだけど、お昼だから大丈夫だよ」


───────────────────────


 次の土曜日。


「今日からここで短期ながら働くことになった青柳 凛さんです。わからないところがあったら教えてあげてください」

 HISONの制服を着て、ガチガチに緊張しながら店長の隣に立つ。

 うう、こんな経験初めてだ。対戦ゲームで見ず知らずの人とやるのには慣れてるのに。


「……わ、私は、あ、青柳、凛です。ど、どうぞ、よろしく、お願いいたします」

 例えるならば、腹話術の人形のように口をガクガク動かして何とか声を出す。……こんなのじゃ先が思いやられる……


「そうだな……じゃあ中さん、教えてあげてくれるかな」

「はい」

 黄色い髪の左右でシニヨンにした女の人が、私に近付いてくる。


「わたし、中 初音(なか はつね)よろしくね、青柳さん」

「あ、はい」

 私はその女の人の右手を、ぎゅっと握った。




「青柳さん、高校生だよね?」

 品出しを教えてもらいながら、中さんが話しかけてくる。


「あ、はい」

「わたし、わかるんだ。わたしも高校生{だったから}さ」

「だったから……?」

 HISONブランドの飲み物の数々を、手際よく並べていく。


「まぁ、そこらへんは訳アリってことで……とりあえず、やってみて」

「はい」


 20秒後……中さんは心の底から後悔したような顔をした。


「……」

「出来ました」

「いやいやできましたじゃなくて!ちゃんと教えてあげたのにひどい並べ方じゃん!ぷ〇〇トでもあんま見ないよ!?」

「あ……並べるだけじゃ、やっぱり駄目ですか」

 並べ替える中さん。


「いい?四角い容器は四角い容器、丸い容器は丸い容器。それぞれちゃんと置く場所があるから、しっかり覚えておいてね」

「はい」

「(わかってんのかな……)とりあえず次はこっちね」


 1時間ほどかけ、みっちり品出しを教えてもらった……が……


「はぁ……はぁ……」

「体力なさすぎ!?」

「ご、ごめんなさい……」

 うーんと考える中さん。まずい。これではクビ一直線……!?なんとか、なんとかしないと。


 レジ打ちのレジの操作を教えてもらった後、


「じゃあ……レジ打ちお願いできる?」

「レジ打ち……はい。自信はないですけど」

 と、私はレジに立つことになった。


(ま、品出しの邪魔されるよりかはいいでしょ……でも、お客様を怒らせることになりそうね……このお店、大丈夫かな……)

 中さんが不安そうに見守る。

 どうしよう。そう考えているうちに、お客さんが目の前に来る。目の前に……まるで、格闘ゲームをやっている時みたい。


「!?」

 何かに気付いた。そして……


「いらっしゃいませ」


 ピッ ピッ ピッ


「……え?」

「3点ご購入で、880円のお支払いになります。900円、頂戴します。お釣りでございます。ありがとうございました」

 最近笑顔になったことがないので満面の笑みは出来ないが、それでも丁寧に愛想よく接客は出来た(と思う)


「いらっしゃいませ」


「こちら、割引クーポン券が使えますが、いかがいたしましょうか?」


「ハイチキひとつですね。こちら温めますか?」




「ありがとうございました」

「す、すごいよ青柳さん!」

「……え?」

「どうしてそんなレジ打ち得意なの?初日とは思えないよ!?」

 どうして?どうして……か……


 対面は格闘ゲームだと思って、そしておつりはパズルゲームだと思ってやった。

 なんて言ったら怒られそうだな……


「わたし、外の掃除してくるから、ちょっとレジ頼める?品出しはもう終わったから」

「は、はい」

 そう言うと中さんは外に飛び出す。それと入れ替わるように誰かが入ってきた。


「いらっしゃいませ」

「よぉ、青柳、約束通り来てやったぜ」

「あたしもいるけどね!ついでにみやみやも!」

「ど、どうもっす……」

 そこにいたのは、赤城さんと白枝さん、そして知らない女の子だった。


「……みんな、ありがとう」

「ま、と言っても割と慣れてる感じだけどな。立ち振る舞いが」

 3人してスイーツ売り場へ直進。


「3人とも、これからお出かけ?」

「うん。すずっちの家で3人でゲームをやるだけだけどね」

「だけっておい……お前らとやるために結構練習したんだぜスラシス」

 そして色々選ぶ2人。だが、うち見覚えのない子だけがこちらをじっと見ていた。


「?」

 首を軽くひねる。すると女の子はスイーツ売り場の方へ向き直った。


(なるほど、彼女も梓ネキのライバルとなり得る存在……注視が必要っすね)

「みやみや?」

 みやみやと呼ばれたその子は、『今決めるっす』と言って赤城さんの元へ向かった。


「……?」


「ありがとうございました」

 頭を下げる私に、赤城さんと白枝さん、そして女の子は手を振ってこたえた。

 それから3分ほど経って……


「いらっしゃいませ」

「よぉ。青柳」

「青柳お姉ちゃん、久しぶり~!」

 灰島君と空ちゃんが来た。


「灰島君?でもなんで?」

「ちょっと久々に妹とゲームでも、と思ってな。そのためのお菓子を買いに来た」

「そう、なんだ」

 じっと私の顔を眺めてくる灰島君。


「ど、どうしたの?」

 いや、それは自分自身に言いたい。灰島君が、こちらを見ているだけだ。なのに……


 なのにどうして、心臓が早打つんだろう?


 落ち着こう。落ち着いて。今はアルバイトの最中だ。灰島君の顔は……今日も普通だ。


「青柳お姉ちゃん!今度はいつうちに来てくれる?」

「んー、近いうちにいこっか。また空ちゃんとやりたいし」

「やったー!ありがとう青柳お姉ちゃん!」

 人懐っこい子だなぁ。


「空、決めたのか?」

「うん!」

 お菓子を出す灰島君と空ちゃん。


「はい。2点合計で、250円になります」

「あ、やべぇ。1000円しかない。これでいい」

「ありが」


 ぴと。


 1000円を持った灰島君の指と、それを受け取ろうとする私の指が触れた。


「……!?」

 私は顔を耳まで真っ赤にした。


「あ、青柳?」

「お兄ちゃん!青柳お姉ちゃんに何したの!?」

「な、何も……わ、悪い……」

「……」

 そのまま私は頬を触る。

 ど、どうしたんだろう……ただ指が触れただけなのに……どうしたんだろう……!?


(ほう……)

 その様子を外から、中さんに見られていた。




「お疲れ様、青柳さん。今日1日よく頑張ってくれたわね」

「いえ……レジ打ちくらいしかできなくてすいません」

 中さんに対し、深々と頭を下げる。でも、これくらいなら何とか出来る……かな。


「明日はわたし休みだからあなた1人になるけど、がんばってね。出来るって信じてるから」

「……!はい!」

 信じられることがとても嬉しかった。私はまとめた荷物を持って、ルンルンとした気分で帰ろうとした。


「あと、青柳さん」

「え?」


「好きな人への思いは、しっかり伝えたほうがいいよ」

 耳元でささやかれたその言葉に、私は何も答えなかった。……答えられなかった。の方が、正しいのかも。


「……あれ?図星?さっき話しかけてた女の子を連れてた子に惚れてるように思えたんだけど」

「ち、違います!」

「そう……?まあ、でもこれはわたしからのアドバイス、だけどね」




「もうわたしみたいな子、出てほしくないしね……」

「……?」

 その言葉の意味合いが気になったが、私はそれ以降聞くことが出来なかった。




 月曜日。


「おはようございます。青柳……さ……!?」

「お、おはよう……く、黒嶺……さん……!」

 足がガクガクと動いている。理由?簡単だ。


 2日間もほぼ立ちっぱなしで働いていたことに関する、筋肉痛。


 働くのって、大変なんだな……私は身に染みて感じ取った。




問28.赤い撫子の花の花言葉を答えなさい。

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