第26話 誰にも知られたくない秘密

 ……夢を見ていた。

 ……あの頃の、夢だった。


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 高校1年生……俺は、勉強の成果が実を結び、少し頭のいい高校への入学が出来た。少し頭がいいと言っても、金持ちが入りそうな高校……と言う印象を受ける高級感あふれる高校だが……

 俺はそこで、青春を謳歌できる。心のどこかでそう思っていた。……あの時、までは。


 入学式の日……


「お、君も親、来てないの?」

 目の前に黄色のツインテールの女の子がいる。


「……別にどうでもいいだろ」

「どうでもよくないよ!わたしだってそうなのにさ!君もわたしの仲間でしょ?」

「仲間?何が」

 にひひ、と笑いながら、女の子はこちらを見る。


「でも、嬉しいんだよ。アタシの仲間がいるみたいで。わたし、いつも両親が家にいなくてさ」

 そう言いながら、女の子は再びにこりと笑った。


「わたし、黄瀬 香澄(きぜ かすみ)!君は?」

「名乗るほどじゃない」

「教えてよ~。いいじゃん君の事を教えてくれても」

「……」

 そう、最初はなんてことない出会い……のはずだったんだ。




 翌日……


「や!」

 黄瀬がこちらに向かって手を振っている。


「おっはよーグレー君!」

「……グレー君?」

「そ!髪がグレーだから、グレー君!」

 無垢な笑顔の黄瀬。その笑顔がたまらなく……腹立たしかった。特に理由はなかった。

 今まで勉強しか頭になかった俺に、急にノイズが入ってこられても困る。俺は徹底的に無視を決め込もうとした。

 が、それでも黄瀬はちらちらとこちらの顔を覗き込んでくる。


「あーもう邪魔だ!」

「ふふん、こっち構ってくれるまで邪魔しちゃうもんね!」

 それでも無視しようとする俺。それでもついてくる黄瀬。




 そんな関係は、しばらく続いた。食事の時だって。


「じ~……」


 移動教室の時だって。


「じ~……」


 体育の時だって。


「じ~……」

「……お前向こうだろうが更衣室!」

「だって気になるんだもん!グレー君のことが!」

「あとグレー君って言うな!俺には灰島 奏多って言うちゃんとした名前があるんだよ!」

 あ。しまった。無視しようって自分で言っていたのに、名乗ってしまった。


「灰島 奏多?……なんか素敵な名前!」

「……そ、そうかよ」

 背中を向けて着替える。


「じゃあさ、奏多君って呼んでいい?」

「……好きにしろ」




 その日の体育の時間。この日は男女混合でサッカーを行うことになった。


「シュート!」

 黄瀬のシュートがゴールネットを揺らす。俺はその様子をぼんやりと見つめていた。


「灰島クン。キミも彼女の事が気になるかい?」

 俺の横に、男が座った。濃い紫のおかっぱヘア。いかにも羽振りがよさそうな男が。


「……別に。むしろ言い寄ってきてめんどくさいくらいだ」

「おや?その割には、先ほどから彼女ばかり見ているではないか?」

「うるさい」

 ぼんやりとその試合の様子を眺めていると、男が俺のチームに走ってくる。


「灰島、代わってくれ……」

 疲労困憊の状態で、男が言う。


「お、俺かよ。俺大して運動」

「いいから」


 半ば押し切られる形で、俺がコートの上に立った。


「お!?奏多君!」

 ボールを軽く足で転がしながら、黄瀬が言う。


「アタシについてこれるかな~?」

「元から、ついていけるなんて……思って」

 ボールを軽く蹴り上げると、俺をあっさりと抜いていった。


「な!?」

「ふっふ~ん!」

 その後もボールの行方を見るだけでやっとだった。まるでボールを体の一部にでもしているかのように、黄瀬は巧みにボールを操る。


「ほいさっ!」

 さらにシュートも正確で、簡単にゴールを量産する。……それに比べて、俺はというと……


「どわっ!」「ぐへっ!」

 足がもつれて転んだり、シュートされたボールを背中で受けたり。結果的に散々なまま、サッカーは終わった。




 授業が終わり、着替えた後に更衣室から出ると……


「……素晴らしい……」

 さっきの男が、スマホを見ながら何かつぶやいていた。ニヤニヤと笑いながら。

 俺は少し気にはなったが、特に気に留めずに歩き出す。


「あ、灰島君」

 俺の担任の……担任の……


 ……あ、あれ?なんで顔も名前も出ないんだ?


「はい。6時間目体育だったんで、にしても先生も大変ですね。そんな身長で荷物を運ぶと言うのが」

「む~、なにさ身長がすべてじゃないよ!先生、ピチピチの24歳だよ!これでも!」

 頬を膨らませる先生。こうしてみると、子供みたいだな……


「って、あれ?」

 先生が俺の足を見る。


「灰島君。足」

「あぁ、さっき転んだ時に……まぁ軽いすり傷ですし、大丈夫ですよ」

「そうなの?でも無茶はダメだよ!保健室にゴーした方がいいよ!力の限りゴー〇ゴーだよ!」

 なんか微妙に古いな……


 保健室に入ると……


「お?」

 なぜか黄瀬がいた。


「何してんだ?」

「あ~、さっきケガしてる子がいてね。その子の消毒をしてあげてて、今の時間になっちゃった」

 『そうか』と言いながら保健室に入ると……


「わっ奏多君!ケガしてるじゃん!」

「別に……ただのすり傷だ」

「ただのすり傷でもよくないよ!わたしが処置してあげるから、そこ座って!」

 世話焼きな奴だ。俺が怪訝な顔を浮かべると、


「やせ我慢はよくないよ!人に見せるだけ見せて、処置させないなんて許さないからね!」

「いや、見せる気もなかったんだが」

 仕方なく椅子に座ると、黄瀬が俺の右足を伸ばし、膝の部分に消毒液を塗り始めた。最初こそ少し沁みたが、徐々に沁みるような感覚がなくなっていく。


「はい、絆創膏」

「……世話焼きなんだな。お前」

「……世話焼きなんかじゃないよ。当然のことしただけ」

 擦った部分にぺたりと、大きめの絆創膏を貼り、軽く手を添える。


「……何やってんだ?」

「こうやるとね、早めに治るんだよ。……根拠はないけど」

「ないのかよ!」

 そのままそっと、手を除ける。


「……ありがとう。黄瀬」

「え?」

「本当は俺がやるべき事なのに……悪かったな」

「……」

 しかし黄瀬は、目を輝かせてその場に座っていた。何故か手を自分の前でキュッと手を握ったまま。


「……どうした?」

「嬉しい、奏多君わたしのこと初めて呼んでくれた」

 涙を目に溜めたままそう言っていた。


「単純だな。黄瀬って」

「えへへ、よく言われる」

「そう言うとこ、似てるんだよ。高校で別れてしまった幼馴染に」

 と、静かに言うと、『どういうこと?』と興味津々に顔を近付けてくる。こういう所もそっくりだ。


「あぁ、お前のように明るい奴でな。今は別の高校に行ってるんだけど、そいつにお前がよく似てるんだ。喋り方とか、明るさとか」

「そうなんだね……ごめんね、変なこと思い出させちゃって」

「いや、問題はないよ。お前に手当てもしてもらったし、本当にありがとう」

 『どういたしまして』と、うなずく黄瀬。

 ……この時から、もしかしたら……俺は黄瀬に惚れていたのかも知れない。




 それから半年ほどして……。


「あ、奏多く~ん!」

 手を振る黄瀬。


「悪い、待たせたか?」

 俺は黄瀬と一緒に、文房具を買いに出かけていた。……いわば、軽いデートのような物だ。

 あれから俺たちは携帯の番号も交換し、たまに2人で出かけることもあった。

 簡単に言うと、俺は黄瀬の事が……


 好きになってしまった、みたいだ。


 今までにないような感覚だった。胸の奥が熱くなってくるような……そんな感じの。なんというか、言葉にし辛い感覚だった。


「うんうん?大丈夫。わたしこそごめん、奏多君を急かしちゃうみたいでさ」

「いや、大丈夫だ。と、とにかく早く買いに行くぞ」




 ……その帰り、黄瀬と一緒に喫茶店に入る。


「盗撮?誰に」

「それが……わかんないんだよね。わたしの友達も何人も盗撮の被害に遭ってるらしいんだけど……何だか着替えてる最中、スマホで写真を撮る音が聞こえるって」

 腕を組み、う~んと考える黄瀬。


「いや、わたしは撮られるのはいいんだけどさ、他の子が撮られるのは、ちょっとなぁって」

「なんでお前はいいんだよ」

「大した体つきじゃないから」

 しかし……これがもし男だとしたら、とんでもなく非道なやり方だ。いや、女でもだが。

 ……スマホで……写真?


 ――素晴らしい……


 半年前に見たあの男の姿が、なぜか浮かび上がった。


「なぁ、黄瀬」

「ん?」


「あぁ、同じクラスの紫原 拓人(むらさきばる たくと)だよね。そいつが……犯人?」

「断言はできないけどな、妙に怪しく思うんだ」

「でも、それだけで拓人君を追い詰められると思う?」

 それもそうだ。こちらは状況証拠しかない。

 だとしたら簡単だ。犯行の瞬間を捉えて、それで捕まえる。それだけだ。

 やり方としては、それだけで、簡単に終わる。……誰かのために動いて、誰かのために問題を解決する。今までの俺では、絶対にやらなかったことだ。


「……俺が何とかする」

 俺には自信があった。なんでもできる自信があった。


 ……その自信が、俺を破滅に導く事に、この時の俺は気付いていなかった……




問26.『ほんのわずかな不注意や油断から大事が起こることのたとえ』と言う意味のことわざを答えなさい。

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